テロについての考察(その3) | so what(だから何なんだ)

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そんなお年頃。
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・・・・・・っということで、最近のテロはイスラム過激派によるものとされている。

その残虐性はどんどんエスカレートしている。

公開処刑と称して、ナイフで首を切り落とす場面を実況する。

少女にいうことを聞かなければ生き埋めにするぞと脅して、自爆テロを強要する。

分娩室に押し入り、出産中の妊婦を射殺する。

イラクのモスルで投降してきた何百人というイラク人捕虜を後ろ手に縛り銃殺する。

パキスタンで生徒を殺す目的で小学校を攻撃する。

全てイスラム過激派がイスラム教の名の元に行った行為である。

これらは今までになかった残虐性で、人間の本質を疑ってしまう。

だが、テロとはこういうものなのだ。

恐怖心を相手に植え付けられれば、それで成功なのだ。

だから、テロは自らエスカレートする性質を持っているといえるだろう。

・・・・・・

だが、この残虐性はイスラム教という宗教が持つ性質なのだろうか?

あるいは、遊牧民族のアラブ人だけが持つ人種的な性質なのだろうか。

残虐な点においては、モンゴル人のほうが上手だ。

彼らが占領した後は、死体の山が築かれていった。

後方の安全を確保するために皆殺しにしたのだ。

あれほど勇猛なゲルマン民族も、モンゴル人に対する恐怖心から西へと逃げたではないか。

残虐性をイスラム教や人種に求めることは出来ない。

ロシア人だって、中国人だって、ドイツ人だって、アメリカ人だって、カンボジア人だって、フツ族だって大量虐殺を行ってきた民族なのだから。

人間は状況によって、いくらでも残虐になる性質を持っているといったほうが正確だろう。

世界はイスラム教対キリスト教という宗教対決のような見かたをしているが、それは間違っていると思う。

・・・・・・つづく。