再婚して11年が経つ。
私も夫も共にバツイチのステップファミリーだ。
夫の前妻は白黒思考の極限を極めている人だった。
履き違えた自由を謳歌しまくり、自身の欲望を満たすためなら手段を選ばないので次々周囲の人を犠牲にする天才。
常に極端なストイックに傾倒し、爆走する。
断捨離スイッチが入れば手当たり次第に物を捨て、冷蔵庫も布団もない生活をする。
ヨガマットで寝て常温の物を床におき、電気もなしに食事する。
睡眠時間に、こり始めると2時間睡眠!と叫びだし、1分1秒、そのスケジュールを他人に邪魔されようものなら暴挙に出る。
あの人から人の温かみはもちろんだが
人間らしさというものを一切感じさせない狂喜じみたものしかなく私のもっとも苦手とするジャンルだ。
ホラー映画並みの底知れぬ不気味さを感じる。
こういうタイプは一人で生きていけばよさそうなものの依存体質も強く、結婚、離婚を繰り返す。
【依存】なのでそこには無機質な自分勝手しか存在しない。
こんな女に夫は支配され5年近く暮らしていたらしい。当然ながら、洗脳はかなりされていた。
再婚した当初、夫はテレビを捨てたい。
とよく口にしていた。
【テレビを見る時間は人生においてもっとも無駄だ】
という前妻の主張で、最初の結婚生活には設置が許されなかったらしい。
夫は元々、ゲーマーなのでプレステなどを接続するディスプレイは必需品。
テレビを家におくと発狂されるから
PCの画面を代用してその役割を担わせていたそう。
私自身もニュースはネットで見るし
特段、テレビだからみたい。というものがないのであってもなくてもいいのだが、
子どもがいる生活のなかで、いきなり【我が家にはテレビは無し!】というのは引っ掛かるものがあった。
娘はプリキュアやアイカツ!を毎週楽しみにしていたし、テレビを処分することで
学校でそれらの話題についていけないのも弊害でしかない。
息子たちが生まれると、「いないないばぁ!」「おかあさんといっしょ」が流れる乳幼児番組のゴールデンタイムは育児中、かなり重要なポジションを占め私にとっての必需品にも変わった。
子どもが釘付けになるわずかな時間に光の速さで家事を終えたり休息に当てる。
最近では息子たちは小学生の定番、ドラえもんやコナンを録画しておき週末にみたり
長女は推しが出る番組をみたりはするのだが
食事中にテレビをみたり、暇潰しで付けっぱなしにする習慣がない。
だらだらと見てしまうから寝る時間が遅くなったり勉強に支障が出る問題もまったくない状態。
我が家にとってサブスクでも問題ないのは実際で【必需品】ではない立ち位置には戻りつつある。
そんななかでまた夫から
PCで代用が利くのだからテレビはなくても……とボソボソ言う声が聞こえるようになった。
夫婦2人の老後であれば【そうね】ともなるのだがなにせ今は子どもたちがいる。
学生時代、親の方針でテレビがなかった。
という記憶として残りたくないのだ。
親から意図的に与えられず他の家庭と比べて明らかに【うちだけ違った】というものは
後々、良い思い出にはならないように思う。
私自身がいまだに親からされたそれらを
なんとなく未消化なことがあるのは否めない。
身軽には生きたいし、厳選したお気に入りの空間で暮らしたいのも実際ある。
だが、【普通】の生活は残してやりたい。
自宅にいるときくらいは余白やほっとするゆとりがほしい。
何もかも削ぎ落としたストイックな生活など子どもにとって害しかなくて御免だ。
あえて無駄な時間を作り、心を固定概念から開放することの必要性。
ほどよい暮らしがいい。
