こんにちは 柴田です。
今日も、アシスタントさんはお休みです。
子供達の熱が下がらないということです。39度が続いています。可愛そうですね。
幼い子供の場合、病気を理解することは出来ません。
大人ならば、発熱があった場合、風邪かもしれないと考えます。そして、風邪ならば薬を飲むか一日寝れば治るという経験談から安心感が生まれます。
でも、幼い子供の場合は、痛みや苦しみといった症状に対する感情だけが現れます。
「この痛みは何なの?この辛さは何なの?」
と不安になっているのです。
また、病気やそれに伴う様々な苦痛を、「自分が悪いことをしたからなの?」と考える傾向にもあるようです。
両親が喧嘩しているのは、「自分のせいだ、自分が悪い子だからだ」などと考えるのと同じですね。
病気の時には、励ましてあげて下さいね。甘えを受け入れてあげて下さい。
では、今日も始めましょう。このブログは、育児や子育ての悩みの解消に役立つような情報や、楽々育児のヒントをお話ししています。
あなたは、昨日ご紹介した宮城県のママさんを覚えていますか?
「母、お化粧終わった?ちょっとこっち向いて。うわぁ~もっと可愛くなったね!!」
などと、二歳の時から女心をわしづかみにするプレイボーイ君(^_^;)
本当に素晴らしいお子様に育っています。
でも、ご出産の時は、東日本大震災の時でした。お住まいは宮城県。当然被災されました。
震災から2年が経った去年のメールをご紹介しましょう。
2013.02/15
…前略…
ここからは顧問契約の感想です。
正直始めは、怪しい!!でした(笑)
結構騙されやすいタイプで何度か失敗しているので、変な宗教かな?とか更にオプションで追加料金とかあるかな?言ってることと全然違ったら…なんて考えていました。
産婦人科に勤務していて、妊娠期~産褥期は指導する立場でした。そのため妊娠中は胎教や体作りを行い、夫を健診や両親学級に連れ出しました。
柴田さんのエクスタシーの本は購入していないので自分が行っていたことが、どうだったか評価できませんが、産後の息子の様子からすると間違ってはいなかったと思います。
出産では少し躓きましたが、いい経験になったし息子はこの日を選んできたのだと思います。
息子の出産予定日は3/12。中期で結構体重を増やしてしまい、切迫早産で安静の指示があり運動もできない。
なので37週0日、「○月△日以降ならいつ生まれてきてもいいよ。早く会いたいから予定日前でもいいよ」なんて話しかけ、安静解除後、毎日ウォーキングをしましたが兆候なし。
そして東日本大震災…入院準備はしていたので、それらを持って避難所へ。ミルクやオムツの心配はなく、1人だったので身軽に行動できました。
震災の翌日は健診日でしたが、ライフラインは途絶え、陣発しているわけではないのでとりあえず自宅待機していました。
陣発したのは朝方で、夫に会社を休んで送ってもらうこともできました。分娩予定の病院は被災しお産は出来ず、違う病院へ行き3日間五分間隔の陣痛、結局帝王切開での出産。
一週間以上入院しましたが、ライフラインが途絶え、食事もままならない状態だったので家族は安心だったようです。
帝王切開を提案された際、私は一度拒否しました。あなたは自然に子供を産めませんと言われたような気分でした。
ニュースでは何も努力してない人が公衆トイレや自宅で出産し、子供を置き去りにするのに、どうして私は無理なの?!と思いました。
医師には「出産前の病院(分娩予定の病院はフリースタイルでの出産ができ、自然分娩を推している施設でした)はそうだったかもしれないけど、うちにきたのだから」とも言われました。
しかし、体温も上がり、感染徴候もみられ、最終的に手術を選択しました。
息子に一番はじめにかけた言葉は「ごめんね」そのあとに「よく頑張ったね、生まれてきてくれてありがとう」でした。今思えば謝らなくてもと思うんですけどね(>_<)
やはり自然に産みたかったけれど、息子と自分の命どちらも取るとしたらその選択しかありませんでした。
息子が生まれた日は私が生まれた日でもあります。息子も私も同じ病院で生まれました。
転院がなくても、もしかしたら体型的に自然分娩は難しかったかもしれない。震災前に生まれていたら身軽には動けなかったはず。
手術を提案されたのは手術が再開できるようになった日で、もう少し早く陣発していたら息子は今ここにいないかもしれない。
転院した病院は実家の近くで、震災があり実家の家族、夫は出産に立ち合うことができた。そう考えるとやはり息子は生まれる日を選んできたのだと思います。
ただ、今は帝王切開を選択したのは間違っていないと胸を張って言えます。そうなるまでかなり時間はかかりましたが…自然分娩!!と偏った考えを持っていたので仕方ないかな。
第2子を出産するとしたら私はVBACではなく帝王切開です。理由はリスクの高さですね。
出産の話がかなり長くなってしまい、すみません(汗)ただ私の育児で根本的に引っかかっていた部分かもしれないと思い書かせて頂きました。
出産後は、しばらく躓くことなく過ごしました。完母で夜泣きもせず、話しかければニコニコ、最高の日々でした。
テキストを読むとその期間の遊びや対応は間違っていたわけではなさそうですが、私の考え方が間違っていました。
産科で入院しているとき “新生児は母親の付属物”
その考えが根底にあったので、6ヶ月あたりから育児がしんどくなりはじめました。柴田さんを知ったのはちょうど同じ頃。
ただ、半年間は問題なかったので、なかなか顧問契約だけでなくテキストにすら手が出ず…もう無理だと思ったちょうど一年前に顧問契約をしていただきました。
正直顧問契約を結ばせて頂いてからも疑心暗鬼(^_^;)だったので一年経ちましたが、あまり皆さんほど成長していない私達親子です。
柴田さんから厳しいお言葉を頂いたこともありますが、心に染みる言葉も多く何度涙したことか…
夫は育児未経験者、親や職場の先輩の育児に根拠はなし。
ママ友は、みんなと同じだから安心みたいですが、私からすると赤信号 みんなで渡れば こわくない的な感じですかね。ネットも同じ。
柴田さんは個別に対応してくださり、根拠もあるので信頼できます。
まだまだ相談したいので顧問契約は更新させていただきたいです!!仕事増やしてすみません>_<
震災翌日に生まれてきてくれました。凄い生命力ですよね。
『手術を提案されたのは手術が再開できるようになった日で、もう少し早く陣発していたら息子は今ここにいないかもしれない』
不思議ですね。お腹の赤ちゃんは、この日が来るのを分かっていたかのようです。そして、手術が再開されることもわかっていたかのようですね。
生まれてからは、“赤ちゃんは母親の付属物”と考えて育てようとした。
もし、そのままの考えで育てていたとすれば、こんな思いやりのある優しい息子さんには育たなかったかもしれません。
二歳の時点でこれだけ言葉が話せた。そして三歳となった今では、ますます言葉に磨きがかかっています。
将来は、間違いなく有望な若者に育ちますね!
テキストや顧問契約でお聞きになりたいことがありましたら、こちらでご質問くださいね。
