こんにちは 柴田です。
東日本大震災は、まだまだ一歩も前進していません。
でも、若者が、ボランティアとして、今でも頑張ってくれています。
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「2万人近くの方が亡くなられた大災害だと言うのに、TVや新聞を見るだけでは実感がわいてこなかったんです。
おなじ日本人として、知っておくべきだという思いもあって、ボランティアとして現場に入る事を決めました」
と話してくれのは、現地の作業を取り仕切るNPO法人-DSP災害支援プロジェクトの酒井真悟さん(24)です。
左より、現場リーダーを務めた酒井さん(DSP)とツアー主催者の田代さん(田代ジャパン)
震災当時、地元関西で大学に通っていた酒井さんは、
「現場でなければわからない事があるに違いない」
と考え被災地で働く手段を探していました。
周囲の友人からは「素人の学生が現地に行っても、役に立たないどころか迷惑をかけてしまう」と懐疑的な声を掛けられましたが、自らの脚で現地に立って
「出来る事と出来ない事を知ること”から始めよう」
と考え、このNPO法人の門を叩きました。
今回は、「田代ジャパン」ボランティアチームの現場リーダーとして作業を取り仕切った酒井さん。
作業を依頼した地元の方の思いを参加者に伝えたり、初心者へのサポートを積極的に行うなど、存在感のある仕事をこなしていました。
日々の作業を振り返り
「被災者の声を直接聞き、自分が何をすべきか真剣に考えて行動するここでの時間は、貴重な経験ばかり」
と話し、
「残りの期間も、一分一秒まで無駄にしないよう作業にあたりたい」
と、意気込みを語ってくれました。
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朝の陽光を受け、波頭がきらめく志津川湾。
この海を間近に望む民家の敷地の片隅で、黙々とガレキを片付けるツアー主催者・田代直樹さん(21)の姿がありました。
「参加者は、それぞれの思いやきっかけがあり、ボランティアに参加してくれています。自らの意志で、被災地との縁を結んでくれたと言う事実が、何より嬉しい」
と話す田代さんは、
「現地を知る事が、それぞれの方が被災地での次の行動を生むきっかけに繋がっていく」
と確信しています。
当初は、自身の就職活動が始まる昨年末を一区切りにするつもりだった田代さん。
ツアー参加者の強い要望や現地からの声に後押しされる形で、2月1日出発からツアー再開を決めました。
いつまで続けるのかと言う問いに、
「こうなったら、『もう大丈夫、来なくていいよ』といわれるまで、続けるしかありませんね」
と即答した田代さんは、
「少しでも長くツアーを継続出来るよう、自分たちの体制も最適化していきたい」
と話します。
小雪のちらつく海風が吹き始めた午後。
滑らかなストロークでがれきを掘り起こす田代さんのシャベルの音が、力強く響いています。
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頼りになる若者が大勢います。日本の将来は、今の若者次第なのです。
日本を背負っていく若者に育てていきましょう。
そのためには、私たち世代が見本とならなければ行けません。
頑張りましょう。日本は必ず再生します。