
アーミテージ氏が設立したコンサルティング会社「アーミテージ・インターナショナル」が14日発表した。同氏は1967年に米海軍兵学校を卒業後、ベトナム戦争に従軍した。
レーガン政権で国防次官補などを歴任し、対日政策にも影響力を持った。2001年から国務副長官を務め、米同時テロ事件を受けたアフガニスタン戦争やイラク戦争の対応にあたった。
03年に始まったイラク戦争では「ブーツ・オン・ザ・グラウンド」という表現で日本政府に自衛隊参加を求め、04年の派遣につながった。日米首脳が親密な関係を築いた小泉純一郎元首相とブッシュ元大統領だった当時、北朝鮮問題などを含め両政府のパイプ役として政策調整を担った。
米英によるイラク開戦を日本政府の高官に最初に伝えたのはアーミテージ氏だった。
2000年にアーミテージ氏とジョセフ・ナイ元米国防次官補らが発表した「アーミテージ・ナイ報告書」を執筆し、21世紀の日米同盟のあり方を提唱。集団的自衛権の行使などの提言は後の日本の政策決定に影響を与えた。同報告書は24年までに計6回発行された。
長年付き合いがあった安倍晋三元首相が22年7月に死去した際は日本経済新聞に「世界の舞台で巨人だった。第1次トランプ政権で米国が自由世界で不在だったとき、リーダーとして大いに活躍した」などとしのんだ。
退官後もたびたび来日し、時の首相や閣僚、国会議員らと交流を続けた。台湾にも訪問し、同盟関係を軽んじるトランプ米大統領には批判的な立場をとり続けた。日本経済新聞社と米戦略国際問題研究所(CSIS)が共催したシンポジウムでも講演した。
CSISが24年4月に日米同盟のあり方を提言した報告書のとりまとめも主導した。覇権主義的な動きを強める中国を念頭に、日米の「より統合された同盟関係への移行」の重要性を提起した。




