いつもありがとうございます。
ハッピーダイエットの船田です。
時間をかけた力作なので再投稿です。
昭和100年とか言っているのでちょうどいいね。
↓↓↓
政府は政策で日本を破壊しています。
意図的にやっているので日本文化の破壊は続いていくでしょう。
いま令和の時代になりましたが、
これから時代が逆行していくだろうと予想されます。
つまり国が衰退して、または進化して、
昔の時代にあったことが、また始まる可能性が高いのです。
今のうちに知っておくことも大事だと思います。
これから未来に向けて「昭和がえり」がはじまることになると思います。
だから昭和レトロが流行っているんでしょう。
あらかじめ何が起きるか知っておくと心のゆとりが生まれますからね。
そこで珍しい記事として、船田が子供のころに目にした昭和時代の衝撃談をご紹介します。
いまから50年前くらいになるので、
50代の方は懐かしいと思いますが、若い方には「もはや違う国」でしょうね(笑)
写真は当時の通勤電車。男だろうが、女だろうが、思いっきり押す駅員。今ならセクハラと言われるの?
ちなみに船田は栃木県藤岡町で生まれましたが、
赤ん坊のころに埼玉県越谷市に両親と共に移転しました。
埼玉県越谷市というのは東京の中心まで普通電車で約1時間。
市の人口は34万人なので、埼玉県では人口が5番目に多い市になります。
その越谷市の50年~40年前ですね。
船田がすべてを見たわけではありませんが、
子供ながらに当時の街の様子で令和と全然違うことをご紹介しますね。
順位の基準はないのですが、
衝撃度として船田の驚きを順位にしています。
では、まず第10位から・・・、
と思ったのですが、けっこう衝撃談が多いので20位からご紹介します。
しかし、まずは軽くジャブで番外編。
番外編1
◇消費税無し、1ドル360円、アイスバーが10円、一戸建てが180万円の時代。
これから書くのは、タイトルの通り、消費税が無い時代ですが、現代とは物価が全然違う時代の話になります。
お金の話で言えば、当時は500円玉はなくて、500円札がありました。当然、一万円札は福沢諭吉ではなく、聖徳太子の時代のお話。
私がアイスバーやスナック菓子を10円で買っていた時代です!
番外編2
◇おばあさんが道路で立小便していた!
これは昭和60年代の話なのですが、朝6時頃犬の散歩に行こうと家を出たら、道路のわきでお婆さんが野良用の和服を着て立っていましたが、突然ガニマタになり、裾をめくり、真ん中から黄金の水がジャーっと流れ始めてびっくり!
男性の立小便は珍しくもない時代でしたが、
女性の立小便を見たのはあの時が初めにして最後です。
そんなことが見られる時代だったのですね。
ちなみに私が4歳位の時に、父方の実家に行ったら、私の祖母が上半身裸で出迎えてくれて驚きました。(笑)
この時代は、夏の暑い時は女性が裸でいても問題無かったようですねぇ。
どうでもいい話題ですが(笑)、
衝撃度があるので番外編で紹介しました。
それでは、20位から発表です。
20位
◇駅の改札口では乗客すべての切符に駅員がパンチを入れていた。
当時の電車の駅は自動改札機などないので、
すべて駅員が一人一人の切符にパンチを入れていた。
今からだと信じられますか?
駅によってパンチの形が違い、アナログな面白さがありましたね。
「新宿駅でパンチする駅員映像」
19位
◇昭和の家のトイレは基本的に和式でうんちを地下の穴に溜めて定期的に汲み取りしていた!
ほとんどの家では和式トイレでしたが、トイレの下でうんちを溜める容器があり、
定期的にうんちを運んでくれるバキュームカーが街中をしょっちゅう走っていました。
バキュームカーが走りさるとほのかにうんちの匂いを残していく時代。
いわゆる「ぼっとんトイレ」で、
下に溜まったうんちが跳ね返ってくることもあった(笑)
まぁ、臭かったですね!
これ、ある理由により未来に復活する可能性がありますよ。
18位
◇電車は線路に、船は海に垂れ流しのトイレが主流だった!
トイレ続きで臭い話題ですが、これも衝撃ですよ。
当時の長距離電車もトイレがあったけど、便座に座ると「線路が見える!」
なんと電車の中から、こわごわと走る線路の上にうんちを放出していた!
同じく船に乗ってもトイレに入ると便器の下は「海面」でした!
線路の上も、海面の上も、なかなか緊張して出しにくかったよ。
トイレの板が割れたら、線路に落ちて車輪にひかれるかなとか、海に落ちて船に戻れなくて溺れるとか想像して怖かったです(笑)
17位
◇たらいと洗濯板で日々の洗濯をしていた
洗濯機が普及してきたのは高度経済成長期になるので、
それまでは洗濯といえば「たらいと洗濯板」で行うものだった。
私の実家にも、たらいと洗濯板がありましたね!!
全自動洗濯機とは、なんと便利なものだろうか!!!
しかし、電気が不安定になったら、また洗濯板とタライが売れるかもね。
16位
◇近所の川で水泳ができた
今でも山間地には泳げる川はあるけど、当時は街中の用水路でも泳げましたね。
川には金網やコンクリート護岸などないので、砂や草地が川岸だから子供でも入れる。
妻の実家も家の隣が用水路で水泳をしていたというし、
私の家の横にも狭い用水路があったけど、少し狭すぎで泳ぎはしなかった。
でも、私も友達とふざけていて、二人で川の中に落っこちたことがありましたが、普通に家に帰って問題なしの時代でした。用水路の水量も豊富でしたね。
最近は川といえば「危険」としか言われないけど、当時は遊びった。
これもやがてコンクリート護岸など無くなるかもしれませんよ。いらないもの。
川の護岸など土建屋と建設省の利権を象徴して嫌ですね。どうせ洪水では役に立たないし、自然破壊でしかない。
写真は広瀬川ホームページより
15位
◇バッタを捕まえて佃煮にして食べていた。
母に連れられて、田んぼやあぜ道でイナゴを捕まえて佃煮にして食べました。
子供の遊びではなく、食事の一環としてイナゴを捕まえていましたね。
当時は秋に田んぼに行けば大量にイナゴがいましたから、たくさんとれました。
母は後ろ足と羽をむしって、佃煮に料理していました。
やはり後ろ足と羽が食感よくないからですね。
バッタを取っていると、カエルはもちろん時々ヘビも出てきましたね~!
あと、春はセリを採取して油いため、ヨモギを採取して草餅を作りました。
こんなの食料危機で、もうすぐ昆虫食が復活するんじゃないでしょうか?
ビル〇イツの人口肉食べるくらいなら、イナゴの方がいいよ!でもコオロギは反対です。
「昆虫食に大手参入のワケ」テレビ東京
イナゴの佃煮↓写真はウェキペディアより
14位
◇街中に暴走族、山の中にローリング族がいた!
昭和50年代ごろから暴走族が増えてきて、春から秋にかけて毎晩うるさかった。
私の家は住宅地の中にありましたが、数百メートル離れた道路を走るバイクの音がよく聞こえた。
彼らはいかに遅く、うるさく走るかに命をかけて、信号無視を喜びとしていた(笑)
逆にいかに早く山道を走るかを競っていたのが昭和60年頃から流行るローリング族と言われる人たち。
高性能のレーサーレプリカが人気の時代で、カラフルなバイクが山道をにぎわしていた。
最近はほとんど見かけることがないけれど、たまに見かけるとうれしくなる。最近はそんな40年前のレーサーレプリカバイクがプレミアついて高額で売られている。
日本のバイクメーカーの衰退が悲しいね。闇権力の排気ガス規制で消えた2サイクルエンジンも悲しい!
当時は迷惑なやつらと思っていたけど、若い男はこのくらい元気がないとダメだよね。
これからガソリンが貴重になるから、燃費のいいオートバイが人気でるかも。
「昭和の暴走族」
「昭和のローリング族」
13位
◇昭和の時代は現代の数千倍は虫がいた!
あの時代は虫がものすごく多かったと思う。
今では都市部で生活していると蚊くらいしか見ないと思うけど、チョウチョや蛾やコガネムシなどいくらでも飛んでいた。
私は昆虫採集や魚釣りで夜中にうろつくこともあったけど、
交差点についている大きな街灯など夜中は1,000匹を超える虫が舞っていた。
昆虫は光に集まる性質があるとはいえ、ものすごい数の昆虫でしたね。
多くは蚊・羽蟻・小型の蛾・コガネムシなどでしたが、
中にはセミやクワガタやカブトムシなども珍しくなかった。
畑に行けば、キャベツ畑にモンシロチョウは定番でしたね。
モンシロチョウの幼虫の青虫はキャベツが大好物だから。
1000匹の昆虫はキモイので、チョウチョ動画をどうぞ。
だいたい、虫が住めない世界は、人間も住めないということですね。
昆虫が激減したのは、農薬と電磁波と住宅地の乱開発のせいだと思います。
12位
◇学校の先生は竹刀をもって歩き体罰は当たり前。
当時の学校で、一人や二人は、竹刀をもっている先生がいたんじゃないかな?
私の通っていた中学校でも社会科の先生は授業のたびに竹刀を振り回していた。
生徒が居眠りなどしていると、竹刀でコンコンと叩かれたものです。
怖い先生だったけど、私はその先生の授業は大好きでしたね。
やはり人間は甘やかすだけではダメで、厳しさも必要なのだと思います。
ついでに言えば、給食を残すのがダメな時代だった。
私なんか、いつも昼休みの掃除の時間になっても食器をかたすことができず、
どうやってこの嫌いな肉の脂身をごまかして捨てるかばかり考えていた。
つまり当時は食物アレルギーを持っている子供など居なかったわけですね。
現代の食生活が異常になっているのが、よくわかる事例です。
こういう教育もやがて復活するんじゃないでしょうか?
11位
◇当時は飲酒運転可能、シートベルト無しが普通だった。
令和の時代に飲酒運転など見つかったら免許取り消しだし、
飲酒で事故など起こしたら刑務所に行かないと取り返しがつきません。
しかし昭和の時代は飲酒運転はぜんぜんオッケーだったのです。
さすがに泥酔していたらダメだけど、ちょっと酒飲んで車で帰るなど普通だった。
そして車のシートベルトも任意なのでしなくてよかったですね。
私がオートバイに乗る少し前までは、オートバイのヘルメットも不要だった位。
おおらかな時代でしたね。その代わり事故になったら命を落とすけどね。
以上、20位から11位まででした。
昭和40~50年代の時代が少しわかってきたでしょうか?
それではお楽しみ、次にベスト10を発表します。
第10位
◇道路はすべてぬかるみだらけの砂利道だった。
昭和40年代はほとんどの道が狭い土の道路だったのです。
雨が降れば水たまりとぬかるみ、少し上等な道路だと砂利がひいてあるくらい。
現在では砂利道など見つけることも難しいですが、当時はそれが普通。
舗装道路は国道か高速道路位だったのです。
私の自宅の周りは学校まで歩いてもすべて未舗装の泥道です。
冬の通学は水たまりの氷を割り、霜柱を踏みつけながら歩きました。
自宅の前が舗装されたのは私が高校生になった1980年の頃でです。
そのころの泥の道路は幅が2~3mで狭かったのですが、
舗装する時に車がすれ違えるよう6m道路になったのです。
これから自給自足経済になったら林道とか増えそうですよね。
第9位
◇携帯電話、スマホ、パソコンが無かった!
現代の若者には信じられないと思いますが昭和40年代に携帯電話もスマホもなかった。
さらにパソコンも無いし、当然インターネットなんてどこにもなかった。
世界標準となったウインドウズが発売されたのが1995年だったと思う。
それまでもパソコンは事業所などにはあったけどマウスなどない計算とワープロだけの物。
もちろん家の電話はあったけど、それで何も問題はなかったですね。
ちなみにFAXもなかったから、連絡は電話か、もしくは手紙、または電報ですね。
現代人はスマホが普及して本が読めなくなり、かなり馬鹿になったと思っています。
これからの時代、もう少しスマホの時間を減らして読書を増やすべきだと思いますね。
第8位
◇朝の通勤時はおしくらまんじゅう状態で足が宙に浮いた。
昭和時代の電車は混んでいて、朝の通勤時などはおしくらまんじゅう状態です。
当時は、後ろから乗客を押し込む係の駅員がいましたからね。
男も女もお爺さんも構わず、電車の中に力いっぱい押し込まれました。
すると、電車内では、私のようなチビは足が宙にういて宇宙遊泳状態です(笑)
朝の電車に乗るということは、体を鍛えることになるわけですね・・爆笑
電車のついでに言えば、
当時の電車はストライキで年に1~2回は電車が朝から動かない日があったよ。
朝から全国の電車が動かないんですよ。すごくないですか(笑)
これ、昔のことだと思っていたらダメ。
これもきっと復活するよ。海外ではもうストライキやってる!!
日本もコロリ始まっていつの間にか電車の本数が減らされていますよね!知ってた?
「2022年6月23日イギリス、記録的な物価高で大規模な鉄道ストライキ続く」
東洋経済オンラインさんより借用
第7位
◇コンビニもスーパーマーケットも無かった!
当時はセブンイレブンなどコンビニも無いしスーパーマーケットも無かった。
八百屋・魚屋・肉屋・乾物屋・雑貨屋・酒屋・薬屋などをハシゴして買い物をした。
商店街という一角があり、そこにいろんなお店が集まっていたのですね。
当然、セルフサービスで買い物かごに何でも入れるわけにはいかず、お店の店員に「大根ちょうだい」「サンマちょうだい」と会話して買っていた。
ついでに言えば、ファミリーレストランなどもなかった時代。
でも牛丼屋はあったよ。
私が子供の頃はテレビCMで「牛丼一筋80年」と言っていた吉野家が、最近は「牛丼一筋120年」に変わっていて、自分の年齢を自覚しました(笑)
コロリ後遺症でスーパーの運営も人手不足でかなり厳しいようです。
食料危機にもなるし、少しずつ淘汰されて消えていく可能性は大きいと思います。
「1980年代吉野家のCM」
第6位
◇夜はすべての商店が7時頃に閉店していた。
当時コンビニもスーパーマーケットもないので、商店街は7時で閉店です。
夜8時以降に開いている店は飲み屋位だったと思います。
つまり夜は何も買い物ができない時代だったのですね。
その方が健康的でいいと思いますが、セブンイレブンができたときは衝撃でした。
なにしろ、朝の7時から夜の11時まで開店しているなんて驚きでしたね。
今では24時間営業が当たり前になっていますが、
私は近い将来、コンビニも7時~23時の営業に戻ると思いますよ。
ついでに言えば、正月の3が日は、すべてのお店がお休みでした。
これはスーパーマーケットも同じで、私が生協に入った時も3が日はお休みでした。
この決まりを破ったのがダイエー社長の中内均ですね、
彼のせいでスーパーマーケットも深夜勤務がはじまり、正月の休みが無くなった。
これもおそらく、人手不足で昔に戻ると思いますよ。
第5位
◇タバコ天国!病院でもレストランでも町中どこでも吸うことができた!
昭和の時代と言えばタバコでしょうね。男性の8割は吸っていた時代。
今では街中でタバコを吸えるところは箱の中だけですけど、
当時は、病院であろうが、オフィスであろうが、電車や飛行機の中だろうが、道路上はもちろん、レストランまで含めて、あらゆる所でタバコを吸うことができた。
テレビCMもタバコばっかりでしたよね。
当時は、タバコを吸うこと=大人になること=カッコイイ。でしたね。
ちなみに、タバコは小学生でも誰でも買えましたよ!
ただ、タバコも形を変えて復活すると思います。
それは普通のタバコではなく薬草のタバコです。私もいま探求中。
今はできないけど、マリファナとか復活するかな?
「市役所の様子」
レーシングマシンは、
みんなタバコメーカーがスポンサーだった。
今はエナジードリンクに変わったね。
第4位
◇夜のバラエティー番組では若い女性がトップレスでひな壇にならんでいた!
これも現代では信じられませんが、
テレビを見ていると女性のおっぱいが見えることもしばしば。
その多くは映画やドラマのラブシーンでしたがバラエティー番組でもあった。
家族で夕ご飯を食べているときに、いきなり女性が裸になったりすると、子供の私より、両親の方が緊張していたように思います。
また深夜帯の11時を過ぎるとイレブンPMという番組があり、
水着の女性をなめまわすようなアングルで見せる番組もありました。
さらに驚くのは深夜帯になるとトップレスの若い女性が
ひな壇にずらっと10名以上並ぶようなバラエティー番組もやっていた。
今では考えられない昭和のテレビ!
しかし令和では「おじさんの全裸」が見られるので似たようなものかな?
「アキラ100%おぼん芸」
第3位
◇会社員の給料は毎年毎年増えていくのが普通だった。
私が初めて勤めに出た時の月給は昭和58年(1983年)で13万円。
そして平成3年(1991年)には会社は違うとはいえ22万円もらっていた。
私が子供の頃の方がもっとすごい。
ネットで会社員の平均年収を調べてみるとこんな結果に!!!
1960年(昭和35年)が年収22万円
1965年(昭和40年)が年収45万円(5年で給料2.1倍)
1970年(昭和45年)が年収87万円(5年で給料2.0倍)
1975年(昭和50年)が年収205万円(5年で給料2.4倍)
1980年(昭和55年)が年収294万円(5年で給料1.4倍)
1985年(昭和60年)が年収365万円(5年で給料1.2倍)
1990年(平成2年)が年収438万円(5年で給料1.2倍)
1995年(平成7年)が年収490万円(5年で給料1.1倍)
昭和35年から平成元年までの30年間で、
なんと会社員の平均給与は20倍に増えているんです!!!
ほんと、いい時代でしたよね。
この時代だからこそ、庶民も家が買えたのです。
このころから令和まで、平均給与はまったく増えていません。いや、むしろ減っている。
増えたのは大学の授業料くらいでしょうね・・・。ああ、闇の財務省。
第2位
◇食品に賞味期限が無かった!
これは意外だと思いますが、当時は加工食品に賞味期限が無かったのです。
野菜等は今でも無いことが多いですが、当時は牛乳や豆腐にさえなかったのです。
あったのは「製造年月日」だけで、いつまで食べるかは自己責任の時代。
だから「食品の匂いを嗅いで判断」していたのですね(笑)
当時のお店は鮮度管理がいい加減で、
妻は小学生のころ「焼きそばパン」を買って家に帰ったらカビが生えていたとか(笑)
それで特に問題なかったので、現代は品質に厳しすぎると思います。
なにしろ、賞味期限表示によって、たくさんの食品廃棄が起きているのですから。
しかも大きさの規格がうるさすぎて、農家も廃棄野菜が多くて大変だと思います。
それに消費期限が切れたからって、すぐに捨てるのはもったいないです。
一般的な賞味期限は「品質的にまったく問題ない日時の8割の期間に設定」されています。
生協にいるときに聞いた話ですがヨーグルトなど発酵食品は、一般的に賞味期限が2週間位ですが、本当は賞味期限が切れてからの方が美味しいのです。
これは森永乳業の担当者が教えてくれたので、本当ですよ。
それに生卵なども一般的に2週間位の賞味期限ですが、
卵に傷がなければ1か月たっても品質に問題はないと鶏卵業者にお聞きしました。
現代ではクレームを恐れるあまり、食品の廃棄が多すぎると思います。
おそらくこれこそ、近い将来には無くなると思いますよ。
食糧危機が来たら、品質に問題ない賞味期限切れなど意味が無くなります。
ちなみに魚の缶詰などは賞味期限が3年のことが多いのですが、これは便宜的に表示しているだけで、10年でも20年でも50年でも問題ないです。
規格外の野菜なんて、初めから何も問題ないじゃありませんか!?
第1位
◇畑で作る野菜の肥料は人間のうんちとおしっこだった!
これは若い方には衝撃的すぎると思いますが本当ですよ(笑)
人間が出す糞尿を溜めて発酵させて土や落ち葉などと混ぜて有機肥料にしたのです。
今でもホームセンターに行くと、牛糞や鶏糞を売っていますが、動物の排泄物というのは栄養価が高くて、肥料として優れているのです。
私が幼いころは畑の隅に「肥溜め」という、人間の糞尿を溜めて発酵させる大きな壺が埋めてあり、怖くて近づけなかったです(笑)
そして肥溜めから木桶で糞尿をくみ上げ、畑の畝に散布して肥料にしていたのです。
そして農家の庭先には雑草や稲わらや野菜くず、
食材の廃棄物などを積み上げる堆肥があったのです。
つまり当時の農家からは生ごみが出ない仕組みになっていたのです。
食事の生ごみは堆肥にする、うんちもおしっこも発酵させて肥料にする。
紙や木のゴミは焚火をして燃やしたので、本当にゴミゼロのエコ生活でしたね。
これがどれだけ先進的かわかるでしょうか?
ゴミが出ないんですよ!これって究極のエコシステムですよね?
日本人はこの仕組みを江戸時代に完成させていたのです。当時でも現代でも、世界一進んだ文明都市と言っていいですね。
おりしも露ウク戦争の影響で化学肥料の原料が2023年から日本に入ってきません。
それで肥料代が高騰しすぎて、農家は黒字にすることが不可能になりつつあります。
だから「糞尿の肥料」はおそらく令和時代に復活すると思います。
そして家庭の生ごみを堆肥にする仕組みも復活するでしょうね。
私の田舎も栃木県の農家ですから、
庭の堆肥に藁や雑草や野菜くずや食事の残りが山積みされていたのを覚えています。
母はその堆肥を農業用フォークで混ぜると、不気味なイモ虫が大量にいたと証言!
じつはそれ、カブトムシの幼虫で今ならお金になりますね(笑)
そして藁ぶき屋根の北側には竹林が広がり、その横には豚小屋と鶏小屋。
反対側の家の横には、柿の木・梅の木・栗の木・松の木・プラムの木があった。
海のない県ですが、近所の川でいろんな魚が取れました。
私の叔父は魚取りが趣味で、近くの川でウナギなど取るのを趣味にしていました。
また、家の庭で干し芋や梅干しやシイタケを作っていたのを覚えています。
家の前には井戸があって、食料は自給していたのですから、今考えると究極の暮らしです。
本当に昭和中期の農村は究極のエコ社会で、きっと今後の未来は昭和時代の暮らしが見直される時代がくるでしょう。
闇権力のサプライチェーンに頼らずに生きていく仕組みは、
すでに日本では江戸時代に確立していたのですから技術は復活できます。
うんちとおしっこを活用して食料増産した江戸のお話。
100万人を誇る江戸の人々の食を支えた有機肥料とは一体?
そして、ひとつの例だと思いますが、参考になる映画。
「奇跡のリンゴ」不可能と言われた無農薬リンゴを作った家族の物語。
こちらは西洋的な農場ですが、理念がとても似ていますよ。
「ビックリトルファーム~理想の暮らしの作り方~」
これからの時代は自然と共生した環境を作る社会になると思います。
そして地球の反対側の作物を食べるなんてバカなことはせず近所の食材で暮らす。
そういう小さなコミュニティがたくさんできるんじゃないかと思います。
これは船田の近未来予言になります。
面白いと思ったら、どんどんシェア・リブログしてくださいね!
そんな近未来の暮らしにこそ、
玄米と野菜と魚介類を中心とした食生活が必須です。
現代的な視点も併せてそのような食生活を紹介したのが、
船田の作った「最高に免疫力を上げるダイエット法」5冊セットとなります。
ぜひ、未来社会を先取りしてくださいね。
【船田が作成したお勧めテキスト】
以下のテキストを購入された方には「補足情報」として、
個別対応メールにて「超古代日本文明の健康法さわりの部分」をお送りします。
詳しくはこの記事でどうぞ。
「超古代日本文明の健康法がすごすぎて感動しています!」
医療マフィアが利権のために、
本当に効果がある健康法や治療法を隠して封印した150年。
しかし闇権力の存在が明らかになった今、
封印されていた「最高に免疫力を上げる方法」を知る必要がある。
そう考えて1年かけて作ったテキスト、
「最高に免疫力を上げるダイエット法」テキストを紹介します。
ただ体重を減らすダイエットだけではなく、
これからの時代を生き抜く必須の「健康法テキスト」だと自負しています。
◆「最高に免疫力を上げるダイエット法」5点セット紹介ページ
◆「自然の力で健康になる方法」テキスト紹介ページ
★インフォメーション★
船田の作成した無料のテキストと
ダイエットのメール講座30日をプレゼント!
↓↓↓
■質問、感想、いいね!は歓迎です。
■下にあるFBやツイッターのボタンを押すと、
この記事があなたのタイムラインに自動投稿されます。
■リブログも歓迎です。
記事をあなたのブログで紹介したい場合、
私も多くの方に読んで欲しいので船田の承認は不要です。














