みなさん、おはようございます。
あなたは、自分の天命を言葉にすることができますか。
私の主催する道場や志プログラムを受けると、
それを一文にすることができます。
でも言葉にした文章は、天命ではありません。
天命を探求する中で、自分の中にある何か本質的な「存在」に触れて、
言葉が出てくるのです。
初めて言葉にしたときには、涙が出てくることもしばしばです。
ところが気をつけなければならないことがあります。
いつの間にか、探求を忘れ、その文章があたかも天命のように思うのです。
指月の月という仏教の言葉があります。
指で月を指して「ほら、見てごらん。あれが月(本質)だよ」と
言っているのですが、一生懸命、私たちはその指を見ているのです。
本質的なことは言葉を超えたものであり、理性で理解するものではありません。
あなたも今日は、言葉が指し示す言霊に触れてみませんか。