「人間としてやることは、懲罰を与える行為ではなく、悪質な人との縁を切ること」という話をしましたが、また、日本人の基本姿勢には、罪を穢(けがれ)と呼び、罰よりも浄化を望んだ…とも言いました。
後の世になって職種などでケガレとされる人も出てきました(もちろんこれは間違った考え方です)が、基本は罪穢れとは浄化できるもの…と日本人は考えていたはずです。その理由は「神への姿勢」にあります。
その姿勢とは「森羅万象に神性は宿る」というものです。「アニミズム」というものです。言い換えると、アストラル的なものを実在として感じ取り、その延長上に神らしきものが居る…と理解したということです。
前回にもお話したように、人間の進化の課程を五行でとらえると、はじまりは「木」、つまり「思い」であり「心」であり、アストラル的なものとなります。アニミズムはこの「木」が最初に在る…という理解なのです。わたしたちの人生とは「木」の思いが「土」の現実へと展開していくものです。
人間として間違った思いを持ったり行動したら、反省浄化によって軌道修正が可能だという考え方なのです。
つまり『◯◯こそが神であり「絶対」である!』というような許容性のない考え方をもちません。特定の人物や神を崇めてしまうのはスジ違いなのです。歴史的にも仏教もキリスト教も、それ以前からの既存の教えや神を、異端や悪魔として排斥してきています。これをどう思うでしょうか?
一般的日本人は葬式は仏教、結婚式はキリスト教…としてもなんの抵抗もなく受け入れます。一貫性がないと非難する人たちも居ますが、言い換えると頭が柔らかくなんでも受け入れる心の広さが、民族的にあるのだと私は感じています。なんせ、長い事使った鍋釜などの家具にも魂が宿ると感じるくらいの民族ですから。
むろん、心が広すぎる分、間違ったことまで受け入れてしまう弱さもあるわけですが、その分を補って修正をうながす神々や心霊が居るのです。五行ではそれを「火」の触媒と説明します。「木」から「土」の間に触媒として関わるのが「火」です。「火」とか「金」は私達『低我』を見守る『高我』に象徴されるのでしたね。
こういうアニミズム的な視点を延長していくと、ふだん現実とよんでいるこの「土」的な世界も、当然のことながら「リアルなひとつではない」ことが見えてきます。いろんな角度から見ることができれば、いろんな現実が存在しているということです。
最近ではこの発想から「並行宇宙(パラレルワールド)」という世界観が出てきます。
なんか急にSF的な話になってきましたが、これを現実そのものとして見せているものがあります。
ホログラムです。
ホログラムとは、レーザーを使って立体画像を記録したもので、写真とは異なり光の位相の情報も記録されているため、3次元像として再生することができます。ホログラムはまた、どの部分をとってもそこに全体の本質が含まれているという、自然のユニークな原理(部分の中に全部がある)を提示するものです。
「自然のユニークな原理」というのは、たとえば全身のツボが、耳とか足の裏にも存在するという鍼灸の理論と同じです。これを「フラクタル(自己相似性)」構造といいますが、大自然の地形においても、人体においても、霊的なあり方にも通じる大原則と言えましょう。
このホログラムが、実は私達が「現実」と呼んでいるものの真の姿だ…と言ったらどうしますか?
