先日、小さい頃からよく知ってた現在中学生の男の子が他界するという衝撃的な出来事がありました。
いまだにショックのあまり呆然としています。
今回は、そのことも含めて
人間の命と死について、五行の観点から、ここに記します。
図を見てください。全存在界を簡単に表記したものです。
左側が階層図で、右側が五行の星型図です。
一番下の「1.物質界」というのは別名「エーテル界」と言いまして、そのうちの一番下が「物体」つまり私達の見ることのできる肉体が存在する世界です。これは「B」と表記してあるように、五行の星型の図では「土」です。全体のうち、五行の要素を全存在界に当てはめると、「土」のうちのさらに最下層だけがわたしたちのよく知っている「この世」なんです。
ということは、たとえ死んでも、その存在は全存在界からは消えていないことは確かで、私達には見えないだけです。
しかし、いくらそれがわかってても、つらすぎます。
しかし、この辛さを乗り越えるには、命のゆくえを理解するしかありません。
死後は図の階層を順に上がっていく…と普通は考えがちですが、実は微妙に違います。
私達人間は、もともと人体という肉体以外にもエーテル体、アストラル体、メンタル体(そしてそれ以上)を持っているのですが、
肉体が滅びると、一枚一枚着物を脱いでいくようにそれぞれの階層へと上がっていきます。
「エーテル界」→「アストラル界」→「メンタル界」という具合です。
しかし、現段階の人類ではまだまだ「メンタル界」でのあり方が不活性なので、それ以降の
「(メンタル界の中の)コーザル界」→「ブッディ界」→「アートマ界」へとは上がれないのがほとんどです。
だから「メンタル界」の真ん中から引き返して生まれ変わるのがほとんどです。
「メンタル界」の真ん中は階層の図では『小さな黄色い三角』で書かれています。
五行の星型の図ではCからC'の間にある『白線の長方形』が同じものです。
これは「思いの鏡」と呼ばれるもので、まるで鏡のように存在します。
階層図ではメンタル界の真ん中から下側と上側が鏡の関係です。
星型図では白線の長方形のある真ん中から左半分と右半分が鏡の関係です。
つまりは魂の成長がたりないと、この「思いの鏡」で反転して逆戻りしてまた肉体へと生まれるわけです。
これを仏教では「輪廻転生」と呼んでいます。
しかし、ここからが本題なのですが、
もともと地球出身の魂でない存在は、1の「エーテル界(物質界)」から、5の「アートマ界」へとポーンとジャンプすることが可能です。
なぜかというとBとB'の関係で鏡の両側の同じ位置関係にあるからです。
たとえば自ら死を選んだ場合だと、自らの理由で肉体を脱いでいるので、観念が「2.アストラル界」や「3.メンタル界」においつかないので、「エーテル界」から動けないことが多いようですが、上記のような「地球出身の魂ではないもの」は、その範疇ではありません。
彼らは地球での人生を「腰掛け」程度に認識しているので、わざと肉体という最下層に入る(この世に生まれる)ことで、それをジャンプ台にして上の「アートマ界」へと近道をするのです。
地球出身者にはなかなか理解できないことですが、彼らには可能です。バイパスを知ってるベテランドライバーみたいなものなので、別に責められる筋ではありません。
身近な人が亡くなってしまうことは、地球人には耐えられない悲しみなのですが、どうも「地球出身の魂ではないもの」には、そのへんの感覚が違うようです。彼らは、「悲しむ必要はないよ」と言うのですが、地球人にはそれがわかりません。
「地球出身の魂」と「地球出身ではない魂」にはこうした感覚の違いがあるのですが、互いに互いから学んでいるのも事実です。
「地球出身の魂」は、アストラル体を通して感情やメンタル体を通して思考を学び、人間同士の共感を広げる目的があります。
「地球出身ではない魂」は、肉体の不自由さと、反対に物質の底力を学び、魂の進化という大目的を早める目的があります。
しかし、互いが互いの長所と欠点を痛感しつつ、この地球で学んでいるのです。
時間が過ぎて、こちらも霊界に行くときには笑って話せる思い出話ていどになってしまうのでしょうが、
この世にある段階ではなかなかしんどいことも事実です。
ともかく、このような背景があると理解することで、この世の不条理をなんとか乗り越えていくしかないのでしょう。
