「否定された」と感じたのは・・ | こころひとつのおきどころ  

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おはようございます、心晴(こはる)です。



先日
仁さんブログにヘコんだとき
思い出しました。  母のこと。




母との共依存に気づいたのは・・・


いつだったか忘れました (´ーωー`)

去年の今ごろだったか今年に入ってから
だったか。まぁ、時期はどうだっていいです。
(忘れっぽいのですんません・・)


それ以来あまり実家にも帰らず
実は距離をおいています。

決して母を嫌いになったワケではなく


母が重い

という心境です。


私が依存から離れても 母の依存心は
そのままなので 顔を見たらきっと私の
心がまた乱れると思っているからです。


私は長女なので

しっかり者のおねえちゃん、だと思います。

親の期待に答えようとがんばってきたと
思っています。


だから甘えることがすごく苦手で

嫌だと思っても素直に言えないまま
なんでも自分でやろうとしてきました。


こんな私ですが実は小学校の頃
思い切って母に甘えようとしたことがあります。


それは ひざまくら


居間でみんなでテレビを見ていたとき
思い切って母のひざに頭を乗せてみたのです。


そしたら見事に振り払われました。


「やめて」


と言われて。



すごく悲しかった。


母としては何の気なしに言ったことでも
それは小さな私の心にグサリと突き刺さった。


そのとき なんていうか 


自分の存在を否定されたような
見捨てられたような 
そんな気がしてしまったことを覚えています。


すごく悲しかった。




今となっては 

大人には大人の事情があり
子供には子供の事情がある

ということがわかるので 

そのとき母は疲れていたのかも知れないし
子供にまとわりつかれるのがうっとおしかった
かも知れません。


だから母が私の頭を振り払ったのは 

愛してないからではない


と思えます。


だけど 私がずっと人目を気にして 
人の顔色を伺って過ごしてきたのには 


嫌われたくない
拒否されたくない

そういう思いがあって それは


母とのこの出来事を通じて


否定された
見捨てられた


と私が「思って」しまったことが 
きっかけだっのかもな~ と思います。



あの時 悲しいって言えばよかったな~




もうちょっと心の整理がついたら言ってみようかな~



言えるかな~? (´・ω・`)






・・・お母さん覚えてないと思うけど (^_^;)








今日も読んでくださりありがとうございます。