私がカウンセラーとして
仕事を始めたとき
ホームページを作ってね
「心地よい場所と心地よい関係の中で
自らが輝いていく」
そのようなこと
書きました☆
そのあと
いろんな学び、体験をして
エッセイを書いたときも
「命のバトン-自らが輝きだすとき-」
という
題名を付けました(^^)
一番初めに学んだ
アドラー心理学では
相互尊敬
相互信頼
という
教えがあり
人は等しい
優劣もない
ヨコの関係
人は尊い存在
であると♪
そのあと
自分が源
という
考えを学び
自分が始まり
誰かや何かのせいにしても
事態は変わらない
それどころか
状況は悪くなる
泥沼化すること
体験から学んでいきました☆
自分が始まり
自分から
心地よい場所、
心地よい関係とは?
問い続けながら
行動していく♪
すると
社会、世界は変わっていく
一つの光は
いろんな人が
それぞれ
自らを輝かせることで
社会、世界は明るくなっていく♪
そのような想い
考えに広がっていった
過去から今☆
そのはじまりは
私が育った環境は
争いが絶えず
人を怒りという感情で動かす
という
感じだった
特に
隣に住む祖父は
水道のフォースを手に
母を殴る
私が生まれるまえの
出来事らしいけれど
私が物心つく頃から
中学生くらいまでかな
傘を手に怒鳴り込んできて
新しくなった床を
傘でつつき床を傷つけた
誰のおかげで
飯食らってるねん
と
祖父は怒鳴ってくる
働き者の父のおかげ
なんだけどね♪
そのような祖父のこと
兄たちは
きちがい
だという
そうして
大人になって
今度は
兄が母をける
嫌なことがあれば
首を吊るふり
家に火をつけるふり
そのうちに
母を鼻でこき使うようになった兄
兄たちは
夜遅く帰り
騒がしくしたことがあったのに
私が仕事で遅くなり
お風呂に入ろうとすると
うるさい
と
兄は怒鳴った(^^;
兄の部屋は
すこし離れたところにあった
そこなら
お風呂の音しないんだけどね
けれど
同棲して
出戻ってきて
みんなが愉しむ
居間を陣取ったのだ
私はとても窮屈だった
私は・・・
姉と同じ部屋で
母のタンスもあり
狭くて
窓もない3畳の部屋なのにね・・・
仕事から帰り
くつろいでいると
仕事から帰った兄は
私の足の甲を踏んずけた
青あざができ
母に訴えた
が
母は無視した
だから
私は家を飛び出し
友だちの家に行こうとした
ら
兄が
駅まで追いかけてきた
いつもこうだ
兄や姉たちが
私に嫌な思いをさせ
あとから
何事もなかったかのように
引き戻されていく
そんなこんな環境だった
でもね
悲しいことに
自分がされて嫌だったこと
自分から始まる
家族へと連鎖していった
そうして
アドラー心理学と出逢った♪
自分が源
教えてくれた師匠は
360度
自分の心の投影☆
両親や兄や姉たち
は
私の心の中にある
意識という存在
自分の過去でもある
私に何か
気づかせるために
悪役をしてくれた
そんな風にとらえた☆
が
実際には
現実的には
もう
何年も
10何年もあっていない
最後に
母はこういった
やっと手に入れた
幸せを壊すなと
母はいいけれど
家事手伝い
外で働いたことが
ほとんどない姉はどうするの?
両親が死んだら
自分(姉)も死ぬという
これでよかったんだと
姉は言った☆
姉は器用だし
お裁縫もお料理も上手
それを活かせなかっただけ
社会が
そういうふうに
なっていなかったんだろうね
社会という場☆
カウンセラーとして
仕事を再開したとき
やはり
その壁にぶつかった
社会という場
学校が
まだ
受け入れ態勢ができていなかった
人としての尊厳を大切にする
心地よい場所
心地よい関係☆
縦の関係では
菅総理がよく使う
指示命令
それでは
人は輝かない☆
~ 今 おもうまま ~