こんにちは。高橋ゆりこです。
宇宙の法則では、
被害者も加害者もいません。
良いも悪いもありません。
これは、間違いなく真理なのですが、
でも、そうするとね。
自分の身に起きたことすべてを受け入れなければいけない。
とか、
自分の目に触れるモノすべてを受け入れなければいけない。
とか、
思ってしまう人が多いようです。
そんなことは、まったくありません。
別に、ムリに受け入れる必要はないよ~。
自然と受け入れてると気が付くときがくるから。
嫌いなモノは嫌いでいいんです。
例えば。
先週末、わたしは久しぶりに小学校の同級生たちと地元飲みをしました。
ご存知の通り、わたくし、ビールはアホほど飲みますが、
外に出て飲むということをほとんどしません。
子どもを産んでからは、滅多に行かなくなりました。
去年、次男を連れて、わたしが外で飲んだ回数は、おそらく1回か2回です。
そんなわたしですが、超久しぶりに、子連れで居酒屋へ行き、子どもの相手を友だちにして貰いながら楽しく心ゆくまで飲みました。
生中は確実に10杯以上飲んだね。
(覚えてないけど)
帰宅しようと店を出たら、驚きの23時半!
自宅から徒歩2分の居酒屋だったので、帰宅して手を洗って、お風呂に入らずに3才児とすぐにそのまま寝ました(笑)
留守番していた長男は、すでに寝ていました。
こんなこと、以前のわたしだったら、ものすごい罪悪感に駆られます。
そもそも、こんな時間になるまで飲んでることすらありえない。
たいてい21時には先に帰っていました。
そして、
もっとみんなと話したかったな~
単身で参加できたらな~
なんて思って、毎回不完全燃焼な気持ちでいました。
でも、最近は、特別罪悪感が湧くこともなく、純粋に
あーたのしかった!
と、心から思えるまで楽しむことができます。
気が済むまでしゃべり倒すので、その後の物足りない感は皆無です。
お風呂に入れなかったわ~ あはは。
と、ダメさ加減も、素直に笑っちゃえました。
そういうのも、アリでいい。
でも、好きじゃないから、頻繁にはやりたくない。
たまにならいいよね~。
という感じ。
外で飲まない理由は、
子連れで外で酔っぱらうと疲れるし面倒だから、
というのもありますが
(たくさん飲んじゃうから 笑)
幼い子を、夜遅くまで、大人の都合で連れまわすことが、わたしは好きではないのです。
長男(12才)が幼児だったころのわたしは、睡眠時間にとても神経質な母親でした。
推奨されている10~11時間の睡眠時間を確保するためには、
21時には寝かせなければ。
この思いに強く囚われていて、
19時に保育園から帰ってきて、それから怒涛の勢いで、
お風呂に入れ、夕飯を作り、寝かしつけをしていました。
平日の夜は、いつもピリピリイライラ。
そんなわたしが、外に幼児を連れだすなんて、マジでありえない(笑)
だからね。
夜中まで、幼い子を連れまわしている母親を見ると、ものすごーく腹が立っていました。
大人の都合で子どもを連れまわすなんて!
自分のことしか考えてない!
母親失格だ!
ってね。
絶対に〇〇しなければいけない。
絶対に〇〇をしてはいけない。
こういうルールを厳しく自分に課していると、その自分のルールを破っている人に対して、異様に腹が立つのです。
腹が立つ相手は、「自分の中のこうあるべき」を破っている人です。
そうそう。
子連れで外に出かけるとき、家族以外に子どものお世話や迷惑をかけてはいけない。
こんなルールも、わたしは自分に課していました。
だから、子連れで外に飲みに行きたくなかったのです。
ずっと子どものことを、誰にも迷惑をかけないように、
わたしがずっと監視していないといけなかったから。
(ちなみに、ずっと監視してると、その相手は確実にやってほしくないことをします。)
だから、その場をぜんぜん楽しめない。
子どもをガミガミ叱ることもしたくない。
だったら、行かなきゃいいや。
そういう結論を出して、外に飲みに行くことをしなくなっていました。
だからね。
公共の場で、子どもをしっかりと見ていない親を見ると異様に腹が立っていました(笑)
「管理できないんだったら、外に連れてくるんじゃねーよ、バーカ」
とまで思っていた。
ひどい(笑)
また、そういう親子がやたらに目に付くんです。
そのたびに、ムカムカして、イライラして、勝手に怒っていました。
わたしは、自分の法律で、自分に様々な制限かけていたくせに、
子どもや夫の犠牲になっているような気分になっていたのです。
自分の意思で、自分を勝手に制限していたのに、
自分は人の犠牲になっていると思いこんでいた。
たちが悪い~![]()
最近は、その場にいる人に子どもをお任せすることができるようになりました。
今回の飲み会でも、小学校の同級生が次男の相手をたくさんしてくれました。
以前のわたしだったら、何度も友だちに謝ってた。
子どもには、「お母さんの横に座ってなさい!」とガミガミ怒ってた。
そしてひとりで疲れ果てて、先に帰ってた。
そして、迷惑をかけたことと楽しめなかったことで、とっても暗く残念な気持ちになっていた。
そんなだから、行く前だって憂うつでした。
完全なる自作自演の苦労![]()
でも、今回は友だちに、
「なんかあったらすぐ言って!ありがとう~!」
とありがたく、子どもの相手を委ねることができたし、
次男の相手をしてくれた友だちたちは、
「うちの子大きくなっちゃったから、ちびちゃんに癒されたわ
ありがとう」
って喜んでくれた。
わたしの中には、友だちへの感謝でいっぱいになったし、
友だちは、久しぶりに小さい子と触れ合えたと喜ばれたし、
その場もめいっぱい楽しむことができた喜びもあったし、
そこは、快しかない世界。
これって、わたしにとっては、過去とはまるで真逆の幸せな世界です。
そうなったら、やたら目にして苛立っていた、
夜中まで子どもを連れまわす親や、
公共の場で子どもをしっかり見ていない親に、
まったくと言っていいほど、遭遇しなくなりました。
これって、わたしの周りからそういう人口が突如減ったわけではありません。
たぶん、今も以前と変わらず一定数、そういう人はいるはずです。
でも、目につかない。気にならない。
今までは、そういう人を世間の中からわざわざ探し出していたんです。
無意識に、世間を監視しパトロールしていたんですね。
わたしは正しい!
わたしは頑張ってる!
あなたは間違ってる!
って自分を正当化し、自分を労いたかったから。
そういう報酬がなきゃ、苦しくてやってられなかったから。
世間を無意識に監視したりパトロールしなくなった理由は、
頼っていい
たまにはルール破ったっていい
人に迷惑をかけてもいい
恥をかいてもいい
バカにされてもいい
良い母じゃなくてもいい
こういう許可を自分に出すことができるようになって、
それを実践してみることもできるようになって、
その世界を体験することができたから。
絶対に譲れないと思っていた数々の自分の中の法律を、
自ら破ってみても、
何も恐ろしいことは起きなかった。
むしろ、幸せな世界ばかりだった。
そういう体験ができたことで、
自分の中の法律に対する執着が、ほとんどなくなりました。
でもね。
執着はないけど、この法律は今でも持ってます。
相変わらず、夜中まで幼児を連れまわすことは好きじゃない。
でも、やってもいいし、やるときもある。
だからね。
自分の身に起きたことや、自分の目に触れるモノで、
これは好きではない
と思うものがあったら、それを貫いていいのです。
被害者も加害者もいないけど。
良いも悪いもないけど。
嫌いなもんは嫌いでいい。
でも、嫌いなもんも、存在していい。
そういう人が居てもいい。
わたしは好きじゃないけどね。
そんな風に流せるようになったら、
腹が立つことが極端に減って、とても楽に幸せに生きられるようになりました。
攻撃する必要も、自分を守る必要もない世界。
すごーく快適だよ~。
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日常のリアルすぎる高橋ゆりこのつぶやきが流れてきます(笑)



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