選択理論マニアの会 代表のnatsukoです。
さて、昨日の記事 の続きです。
「相手に期待する」というのは、外的コントロールになるのか?…
私たちは、基本的欲求 を満たすために
自分の上質世界 に、様々なイメージ写真を貼付けます

そこには、自分にとって大切な特定の人であり、
自分にとって心地よいと感じるその人との関係であり、
自分が好ましいと感じるその人の振る舞いや言動が含まれているでしょう。
グラッサー博士は、たとえば親子関係において
親が自分の子どもに対して、
自分の(親の)願うように育って欲しいと期待することは
親としての(当然の)上質世界の一部だ
とおっしゃっています。
ということは、親や上司や教師など、
私たちが何らかの役割を担った関係において
「私はあなたが変化(成長)することを願っている」
というイメージ写真を上質世界に持つこと自体は
ごく自然な思考だと言えるでしょう。
しかしこれが、
外的コントロールの信条を上質世界に引き寄せる原動力

になっていることは確かです

なぜなら
外的コントロールの第三の信条は、から・・・
“子どもたちにとって、何がただしいかを私たちは知っている”である。
これに従って、私たちのほとんどは、
子どもたちに自分が正しいと信じていることをさせようとして、
褒美で釣ったり、罰を与えたり
する。

期待することそのものは、確かに外的コントロールではありません。
でもそれに付随して、
相手は(私の)期待通りになるはずだ(べきだ)という信念をもっているなら
それは、外的コントロールだと言えるでしょう。
そうそう・・・だから
「私はあなたに期待してるのよ!
」と言いながら背後に“だから私の言う通りにするわよね?
”という統制があるならその関わりは外的コントロールですわ

選択理論による人間関係の鍵は「信頼」です。
期待するということを、
(私の考えるものとは違うかもしれないけれど
)「あなたは より良い選択が出来る人だと信じてる
」という意味で捉えられたら
外的コントロールから選択理論への移行がしやすくなるのではないかと思います。
(つまり、信じるためには、そこに至る人間関係の構築が重要だということですね…
)(まとめ)に続く☆
、罰を与えたり
する。