8月8日のこの日、3つの神社をハシゴしました。まずは、富士山に向かいます。
甲府方面から新御坂トンネルを抜け出て直ぐの所にある富士見橋からの富士山。
不二阿祖山太神宮
《参照》 『宇宙のヘソ富士山と共にアセンションせよ』滝沢泰平(ヒカルランド)《後編》
【不二阿祖山太神宮(ふじあそやまだいじんぐう)】
この神社に、赤い鳥居はありません。この三角形の三つ鳥居のみ。
この鳥居の真ん中に立つと、上下に気が流れるような気持ちいい鳥居です。
この日は何かイベントがあるようで、みなさんが準備に忙しくしていました。
由緒には「不二阿祖山大神宮」とあるのに、御朱印は「阿祖」が抜け落ちています。神社名すら不確かなチグハグな神社?
阿祖(あそ)は阿蘇を想起させますが、それって、富士(不二)山のエネルギーが、駿河湾から東京湾を経て、能登を経由して、阿蘇山に向かう、という最も重要な龍脈があることを示しているからなのでしょうか?
《参照》 『【世界最古】不二阿祖山太神宮』渡邉聖主(ヒカルランド)
【不二阿祖山太神宮の「風水」ではなく「ひふみ」】
《参照》 『「不二阿祖山太神宮」が伝える地球と大地震災害のこと』渡邊聖主《前編》
【国常立神(くにとこたちのかみ)と元主一太御神(もとすはじまりおおみかみ)】
不二阿祖山太神宮には、富士山に来て時間がある時は寄っているのですが、アクエリアス時代にはカラッキシ相応しくない(時代錯誤ぎみの)従来型宗教団体っぽい運営をしているようなので、しだいに参拝しずらくなっている感じです。
宗教性(=スピリチュアル)は大切ですが、宗教はいりません。宗教団体という枠を創れば、枠の「内」と「外」ができます。それは往々にして「排他性」を生じさせ、「愛」を妨げます。アクエリアス時代の基本潮流に明らかに逆行しています。
《参照》 『今あなたに知ってもらいたいこと』オノ・ヨーコ(幻冬舎)
【イマジン】
不二阿祖山太神宮からは、富士山が見えません。
5分ほど走ったこの場所に至って漸く、このように富士山が見えます。
次の 北口本宮 冨士浅間大社 へ







