《前編》より
【「大倭」と「日高見」を「くくる」國】
東京の将門塚と同じように、それだけ念が深くもの凄く朝廷と対立していた人物の霊。北斗七星の柄杓の合と柄を「くくる」ときには、そのくらいの力を持ったものが結界には必要なのです。そう「くくる」のです。そして北斗七星の結界には敵を排除する目的以外に、日本民族を繋ぐという意味もあったのではないかとも思えるのです。東北に位置する国と畿内の国の両方を繋ぐことで、日本という国として成立していた面もあったのではないでしょうか。大祓いの祝詞にある「大倭日高見國を・・」。それが日本なのですから。どちらか一方だけではダメで、両方結んでおく必要がある。どれもすべて意味があるのです。(p.111-112)
大祓いの祝詞を知っている人なら「大倭日高見國を・・・」の文言を思い出しつつ、“ハッとした” のではないだろうか。「大倭」朝廷と、朝廷から蛮族扱いされた蝦夷たちが住む「日高見」の國。この2つを「くくる」ことで、日本國は成立している。そう「くくる」。
「くくる」と言えば「菊理姫」の働き。
菊理姫を祀っているのは、加賀一の宮・白山比咩神社。
【「日本大北斗七星結界」の4番目】
「日本大北斗七星結界」を構成するのは、福岡の志賀海神社、出雲の美保神社、京都の天橋立神社、能登の気多大社、房総半島の犬吠埼、宮城の金華山、青森の大星神社の7カ所。
「北斗七星」の柄杓の「合」と「柄」を「くくる」のは4番目。
そこから考えると、4番目だと思っていた気多大社は間違いで、本来はこの知人の家が守り続けていた御陵、あの書院のある場所こそが北斗七星の結界の4番目にあたる部分なのではないかと僕は考えます。(p.109-110)
知人の家について、以下のように書かれている。
どうして能登の知人の立派な家に招かれて離れに泊めてもらったタイミングで白山比咩神社の菊理姫が白い蛇の形で現れ、その部屋で僕が眠ることになり・・・その3週間前には津軽で結界を張り、さらには元旦に東京で北斗七星の結界を張ったことも含め、あれもこれもすべてを説明する理由がフッとなぜか浮かんできたのです。
結界の中心である北斗七星の4番目が東京では将門塚、塚とは塚、つまり墓、御陵ということ。平将門の魂が眠っている場所。(p.106)
《参照》 『東京に北斗七星の結界を張らせていただきました』保江邦夫(青林堂)
【「北斗七星の結界」の張り替え】
津軽では、4番目にあたる熊野神社は単なる神社ではだめだったのです。(p.106)
知人の家は白山比咩神社の西側に位置する小高い丘の頂上に立っている古い屋敷でしたが、知人の話では、元々その家が建っている所は、石川県の県有地で、江戸時代には金沢藩が管理をしていた場所だったということです。つまり、あの小高い丘は、自然にできた山ではなく御陵として築かれたもので、知人の家が代々その御陵を守ってきたと考えれば、あの書院にある菊理姫のエネルギーを持つ飾りの意味が理解できます。(p.107-108)
「日本大北斗七星結界」の中心にある4番目は、気多大社ではなく、白山比咩神社の西側に位置する小高い丘の頂上にある菊理姫のエネルギーが籠る御陵。
白山比咩神社とその祭神である菊理姫のことをほとんど知らない人なら、これを読んだところで、「だからどうした・・」と思うのだろうけれど、日本神霊界のことを少しく学んだことがある人なら、ドぴったんこ合点がいく話。
《参照》 『菊理媛と共に宇宙無限大に開くドラゴンゲート』龍依~Roy(ヒカルランド)《前編》
【菊理媛による最後の締めくくり】
《参照》 ”菊理姫” に関する引用一覧
【レムリアン・ラインと東日本大震災】
レムリアン・ラインとは、龍体列島日本の背骨を構成するエネルギー・ラインのこと。
龍の首にあたる福島第一原子力発電所が置かれた場所から真っ直ぐ太平洋に向かって延長していくと、ハワイ島にあるレムリアの聖地マウナケアへと続くのです。・・・(中略)・・・。既にレムリアン・ラインの存在に気づいていたアメリカは、このレイラインの霊力を封じ込めるために、当時のゼネラル・エレクトリック(GE)社が設計ミスを残したまま製造した沸騰水型原子炉を備えた原子力発電所を東京電力に設置させたというわけです。こうしてレイラインを断絶することで、・・・(中略)・・・、日本は完全にアメリカの属国になってしまっただけでなく、世界の手本となって霊性と感性を高めるべき本来の日本人の務めを忘れてしまうことになってしまいました。(p.121)
このままでは日本と日本人のレゾンデトール(存在理由)がなくなってしまうと危惧した神様は、日本人の目を醒させ日本政府と東京電力が福島第一原発を解体撤去せざるをえないようにするための東日本大震災という試練を我々に与えられたのです。(p.122)
そして、レムリアン・ラインの修復という神様に与えられた保江先生への使命も、今は無事に成し遂げられ復活している、と記述されている。
【岡山県の蒜山(ひるぜん)にある『大神宮』】
蒜山仙人が教えてくれた「隠された史実」に関する興味深い記述の一部。
時は、幕末。・・・(中略)・・・。当時、この蒜山にあった村長の夢枕に神様が立たれ、こんなお告げが下されたというのです。
「このままでは日本は、・・・(中略)・・・外国の植民地になってしまう運命にある。それを阻止するためには、この神国日本に神々が地の国底の国から出てこられる高天原であるこの蒜山の地に日本一の自然石の鳥居を造り、御社は小さくてもよいがその名を必ず『大神宮』として奉らなくてはならない」と。(p.148-149)
グーグルマップを “蒜山 大神宮” で検索すると、茅部神社(石の大鳥居)がヒットする。
そのサイトには、「茅部神社の参道にそびえる高さが13mもある巨大な明神型石鳥居は、日本一の規模である」と書かれている。
【「岡山」という地名の由来】
蒜山高原が高天原だという事実を明示するために、この地はその後「岡山」と呼ばれるようになったとも教わりました。古来「山」は神々の座として崇められ「神」を「山」と表現することも多かったそうで、「高天原に座します偉大な神様」の意で「大きか山」という呼び名が用いられ、それが「おおきかやま」、「おっきかやま」、「おっきゃーま」、「おかやま」、そして「岡山」となったというのです。(p.153-154)
《参照》 『ついに、愛の宇宙方程式が解けました』保江邦夫(徳間書店)《前編》
【岡山:神道の要衝地】
《参照》 『地球霊王、日本列島に現る!』毛利雄二(たま出版)
【岡山県倉敷市】
【「忠臣蔵」の真相と播磨陰陽師】
僕は岡山県で生まれましたが、うちの祖先の出自は岡山ではありません。今の岡山県、昔の備前国の隣にある播磨国を領有していた赤穂藩にはお抱えの播磨陰陽師集団がいて、僕の祖先はその首領を務めていた人物でした。(p.12)
どうして播磨国に陰陽師がいたのか。・・・(中略)・・・。平安時代に播磨守として赴任してきたのが安倍晴明だったのです。・・・(中略)・・・。そのため、安倍晴明が国主をしていたときに育てた陰陽師が播磨国には大勢いたのです。(p.12-13)
勢力を増していた播磨陰陽師が朝廷と手を組むことを怖れた江戸幕府によって画策されたのが「赤穂事件」、すなわち「忠臣蔵」だった。つまり、播磨陰陽師の抹殺こそが目的だったと。
浅野内匠頭が切腹した後、・・・(中略)・・・何十人もの播磨陰陽師たちがこの密偵たちによって殺害されてしまいますが、一部が逃げ延びて岡山藩を治めていた池田家の元に身を寄せ、匿ってもらうことで生き残りました。(p.14)
岡山も兵庫も、日本の深層にかかわって、何かと不思議な言い伝えがテンコ盛りある土地らしい。
半端じゃない霊能者さんたちは、何かしらこの地域に縁のある方々が多いような気がする。
<了>