イメージ 1

 著者が「お遍路」をした時の記録。「お遍路」の体験記としてより、「須藤元気的生き方」に関する著作として読む人の方が多いような気がする。引きこもりがちであることを、我ながらあまり肯定的に思えていない人々が読んだらいいかもしれない。
 「お遍路」出発以外にも、所々にさりげなくチョコっと記述されている著者の、突飛でズバ抜けた行動力に「エエ~~ッ」と仰天する読者は多いことだろう。2005年10月初版。

 

【旅立ちの思い】
 今回の衝動は、家で弘兼憲史氏の傑作政治漫画『加治隆介の議』(・・・中略・・・)を読破し、カレーでも食べようかとタマネギを刻みだした瞬間にやってきた。涙も出た。
 ・・・中略・・・。
 無意識の自分が、旅でもして自分が歩んできたこれまでの道、そしてこれから進む道、こうしたものを見つめ直してみたかったのだろうか。映画の中で 
革命家チェ・ゲバラ がそうしていたように。
 瞑想の一種に「歩き瞑想」というのがある。よく科学者が研究に行き詰まった時に、ブラブラ散歩しているといいアイデアはひらめくという話があるけれど、それに近いものだ。僕も一人になって、知らない場所を歩きながら「歩き瞑想」をしてみたかった。
 「人生で大切なものは、本を読むこと。人の話を聞くこと。そして、旅をすること」
 以前何かの本で読んだこの言葉をふと思い出して、僕は旅に出ることを、それも一人でじっくりと自分自身と向き合える旅に出ることを、考え始めた。気がつくと、カレーはいつもより辛口に出来上がっていた。(p.10-11)
 どれもこれも、よく分かる思いである。
 これを読んで、「自分も・・・」と思い、1週間以内に旅立つ人は、まだ魂が死んでいないだろう。
 仕事があるから・・・とか、お金がないから・・・とか言うのが常の人は、もう死んでいる。
 著者が四国へ旅立ったのは、司馬遼太郎の『空海の風景』を読んでいたから。
 行き先候補がないなら、とりあえず、簡易テントと寝袋を持ち、青春18切符の一日分で可能な限り遠くまで行ってしまう。その後は、そこで考えればいいだろう。

 

 

【四国八十八カ所巡礼】
 四国4県を網羅していて、その全行程は1450キロメートルである。(p.17)
 徳島発、香川着のお遍路は、四国全体をほぼ時計回りで巡礼できるようになっている。
 阿波の国(徳島県)、「発心の道場」
 土佐の国(高知県)、「修行の道場」
 伊予の国(愛媛県)、「菩提の道場」
 讃岐の国(香川県)、「涅槃の道場」

 

 

【一番札所・霊山寺にて】
 全ての始まりの寺。・・・中略・・・。僕はここで旅の身支度を整えた。・・・中略・・・、これから長い旅路を共にするもろもろの道具をそろえる。よく派手好きと思われるが、普段の僕は地味な物や人の方が好きである。しかし、ここではいろいろなデザインのものがあったので、決して派手とは言えない巡礼だからこそかぶいてやろうと思い、きらびやかなものを選ぶ。(p.17-18)
 “かぶいてやろう”と選んだのは、コテコテ拝金糞坊主が好みそうなキンキラキンのポーチのような布カバン。その旅立ちの姿写真(本の表紙)を見て、思わず「センス悪!」と思ってしまった。歌舞伎の傾きぶりに倣うつもりなら、もうちょっと“品がある”のを選んでほしかった。
 “かぶいてやろう”の意味も、“傾き”の読み方も分からない方は下記リンクを。
    《参照》   『歌舞伎と日本舞踊』 高橋啓之 (サンリオ)
              【道成寺】

 

 

【スカシー号】
 僕は高知県内の移動用に、自転車をレンタルすることにした。ここからはこの自転車が僕の足になる。
 ―― スカシー号くん。
 さっそくその自転車に僕は名前をつけた。 (p.54)
 「何、この名前?」 と思いつつ、その理由を読んだら、「空海」の「スカイ」と「シー」なのだという。
 何かスカスカに漏れ出てしまいそうな言霊で、「空海さん、泣くかも・・・」と思ってしまった。
 須藤元気がリングに登場する時に頭にかぶっている「ピーポーくん」を引き合いに出して、このネーミングを取りつくろっているのだけれど・・・・・無理。

 

 

【36番札所・青龍寺(しょうりゅうじ)】
 このお寺の近くには、高校野球で有名な明徳義塾高校があるという。
 聞くところによると、この高校は横綱・朝青龍の母校でもあり、横綱はいつもこの石段を上り下りしてトレーニングをしていたという。(p.80)
 36番札所・青龍寺を四股名にした横綱・朝青龍の上を行ったのが、第69代横綱・白鵬かぁ・・と思いつつ、69番札所を見たら「観音寺」になっていた。なるほど、よくできている。
 ところで、遣唐使として派遣されていた空海が、密教の第七祖・恵果から法灯を伝授され、第八祖となったお寺も 西安・青龍寺 という名前である。

 

 

【唐人駄場】
 第38番札所・金剛福寺にて
「この近くに唐人駄場があるから、行ってみたらいいよ」
 ―― トウジンダバ? (p.81)

 ―― 行ってみてビックリ。
 それは単なる古代遺跡の跡などではなく、高さ6~7メートルもある巨石群が林立している世界有数のストーンサークルだった。・・・中略・・・。
 島南端の室戸岬では、空海が悟りを開き、西の南端の足摺岬では、唐人駄場という謎の巨石群がある。空海が悟りを開いた室戸岬でも感じたが、岬が黄泉の国への出航場所というのも本当のことなのかもしれない。 (p.82)
 この名前の由来について、ネットで調べたら、「唐人とは異人、駄馬とは平らな土地という意味で、その昔この不思議な遺跡を異人が開拓した場所だから」ということらしい。かなり大規模な巨石遺跡らしい。
   《参照》  『たった今、宇宙銀行の財布の口が開きました』 小川雅弘 (ヒカルランド)
            【唐人駄場】~【唐人駄場の解読】

 

 

【一つのことに10年・基本的に物事の本質は同じ】
 僕はどちらかと言えば様々なものに興味を示すタイプである。しかし「虻蜂取らず」とならないようにするには、一つのことに10年は取り組んでこそ、本物になるということを理解している。それを一つでも成し遂げた上で、「水平法」とでもいうのか、自分の会得したものを違う分野に当てはめて挑戦する。そうすることで、より成功しやすくなる。
 基本的に物事の本質は同じなのだ。 (p.152)
 20代で既にこういうことを理解して、行動していたところが凄い。

 

 

【最初から答えを求めない】
 東京に戻ってきてから、何人かの人に「四国で得たものは?」と質問された。
 しかし、今はまだ具体的にはわからない。
 ただ一つ言えることは、この体験は半紙ににじむ墨汁のように、ぼくの細胞の奥深くにしっかりと記憶されているということだ。いつか何かのはずみに、この体験が生きてくる瞬間があるだろう。
 最初から答えを求めないようにしている。判断を少なくすると物事にとらわれなくなる。執着がなくなれば、突然道が開けてくるだろうから。(p.182-183)
 物事をする前から「目的は?」と詰問されたり、終わったら終わったで直ちに「反省点は?」と詰問されるような環境下で育っていたら、全ての体験はぶち壊しになってしまう可能性があるだろう。開かれた自由な心理空間は、経験したり体験した物事が、発酵したりインスピレーションによって励起される瞬間を待つための場である。
    《参照》   『下流志向』 内田樹 (講談社) 《中編》
              【消費者マインドが作る「教育の崩壊」】

 

 

【ポジティブな言霊】
 四国4県の県庁所在地には言霊が秘められているほどに、四国は言霊ワンダーランドなのだけれど、その地を巡礼中に、以下のようなことに思いを巡らせている。
 幕末期の長州藩士、高杉晋作は、己の自戒として「困った」という言葉を一切口にしなかったという。きっと、「困った」と口にすることによって、本当に「困った」状態が現れてくるのを知っていたに違いない。ピンチをピンチととらえずに、前向きに次の一手を探す姿勢があったからこそ、高杉は数々の奇跡を成功させたのだと思う。(p.46)
 ネガティブな単語は極力避ける。
 成功者は普通に実践していることである。

 

 

【ありがとう】
 著者は、「ありがとう」を何回言ったか、カウンターで数えながらお遍路を続けていた。
 その後も、である。
 友人たちはこんな姿を目撃している。
 「一緒に呑みに行っても元気はしばらくすると、ノートとペンを取り出してずっと、“ありがとう”と書きつづけているんですよ、ウーロン茶を飲みながら(笑)」
 酒に酔って盛り上がる仲間を尻目に、酒場で酒も飲まずに、ひたすら「ありがとう」を書きつづける現役格闘家。それはどう見ても異様な光景ではないか?
 友人たちにそう問うと、彼らは平然と答えた。
 ―― だって、それが元ちゃんだから。   (p.213)

 

 

<了>

 

  須藤元気・著の読書記録

     『今日が残りの人生最初の日』

     『レボリューション』

     『愛と革命のルネサンス』

     『幸福論』

     『バシャール スドウゲンキ』

     『神はテーブルクロス』

     『風の谷のあの人と結婚する方法』

     『無意識はいつも君に語りかける』