イメージ 1

 エドガー・ケイシー・センター会長の著者と、8名の方との対談本。2006年9月初版。

 

 

【江原さんがテレビに出るようになった訳】
江原:その頃の日本は、霊能者というと異様ないでたちで、また霊を扱うテレビ番組は視聴率をかせぐ必要もあったのでしょうが、恐怖心をあおるようなものばかりでしたね。特に、霊能者が行うという徐霊には腹が立ちました。憑依しているとはいえ、霊に向かって「おい、貴様」呼ばわりするわけですよね。私は、霊に対するそういう認識をかえたいがために、テレビに登場するようになったんです。
 ですから私がテレビに出る場合は、まず柳の木をなくし、ロウソクを外し、おどろおどろしい音楽を止めてもらいました。
――― そういえば先生の出られる番組は明るいですね。(p.22)
 4年間ほどやっていた「オーラの泉」という番組は、たいそう明るい画面構成だったけれど、そんな江原さんの意図が込められていた。

 

 

【霊能者としての差別化:対話による浄霊】
江原:また浄霊にしても、霊の話をよく聞いて、納得して出ていってもらうようにしています。なぜその人に取り着いているのか、どうして憑依霊にまでなってしまったのか、そういう理由をよく聞いて差し上げ、人間として尊重することを絶対に忘れないようにしています。まあ、こうやって霊能者としての差別化を図っているんですよ(笑)。(p.23)
 霊と言っても肉体がないだけの存在だから、「おい、貴様」なんて言ったら逆効果なのはいうまでもない。だから、「力」ではなく「愛」、「北風」ではなく「太陽」に徹する。
   《参照》   『女神と鳳凰にまもられて』 暁玲華 (アメーバ・ブックス) 《後編》

             【北風と太陽】

 

 

【平穏な人生は、成長のない人生】
江原:人は何のために生まれてくるかというと、体験し、感動するためなんです。そして「感動」というのは、喜ぶことだけではないんです。喜・怒・哀・楽がすべて感動なんです。ですから私はよく公演などでも申し上げるんですが、失敗してもいいから体験しなさい、その失敗でいろんなことを学べるはずですから、と。多くの人はつつがなく平穏な人生を送りたいと思うわけですが、それは成長のない人生です。(p.30)
   《参照》   『自分の神さま作ろうよ』 無能唱元 (日新報道)

             【安全の轍】

   《参照》   『数霊に秘められた宇宙の叡智』 深田剛史・はせくらみゆき (徳間書店) 《後編》

             【 「霊主体従」 という “マイ岩戸開き” 】

   《参照》   『響きあう脳と身体』 茂木健一郎×甲野善紀 (バジリコ) 《後編》

             【二つとない命を何かにかける】

 

 

【船井さんのエポック著作】
船井:昭和54年だったと思うが、僕は「包み込みの発想」という本を書いたんですよ。その本の一番最後に、ほんのちょっぴりね、そおーっと、「人は死んでも終わりではないらしい。生まれ変わるらしい」ということを書いたんですよ。
 それで得意先がかなり減ったかな。そういうことをはっきりいうと、まだ、おかしく思われる時代でしたね。その本には、はじめてエドガー・ケイシーのこともはっきり書きましたね。(p.76)
 バブルが崩壊(1990)せずに、そのまま経済が順調に進んでいたたら、生まれ変わりや霊性といったことに目が向く人々は少なかったのかもしれない。そう考えると、昭和54年(1979)年に出版された『包み込みの発想』は、時代の区切りに先鞭をつける著作だった言えるだろう。チャンちゃんは学生時代の昔から密教やシュタイナーといった系列の本を好んで読んでいたけれど、船井幸雄さんの本を読むようになったのは、まさに『包み込みの発想』に出会ったからだった。
   《参照》   『にんげん』 船井幸雄 (ビジネス社)

             【時代の急速な変化】

 スウェーデン・ボルグやエドガー・ケイシーの著作に触れることもなく、生まれ変わりや霊性について認識のない人々は、本当に邪悪なことを平気でする。船井さんがコンサルタントをしていたビジネスの世界を生きる人のみならず、政治力を発揮したがる宗教団体に属する人々には、精神世界の著作に慣れ親しんだ人々にとっての常識的見識すらないのである。故にこそ必然的にモノ・カネ基準で生きる腹黒く良知・良識に欠けた人間たちが多いのである。

 

【スピリッチュアルな能力について】
光田:ケイシーも超能力について面白いことをいっています。ケイシーによれば、人は利己的な目的で能力を使おうとすると、その能力は枯れて行くんですよ。ところが誰かを助けようという目的で使おうとすると、その能力は高まるんです。これは人間が本来的に性善であることの一つの証拠であると私は思うんです。(p.87)
 私利私欲目的は明らかに限界がある。自力の到達点(念力のパフォーマンス)には天井があるのである。他力は天井の上から来る力だから、天意(あい=愛)に則しているかどうかが他力との導通を可能にする因子なのだろう。
   《参照》   『氣づきの時代』 中川雅仁 (中央アート出版)

             【我力は失格】

 この自力と他力の問題は、下記のマーフィーの法則の検証ポイントに通底する。

 

 

【思っているだけじゃあ・・】
五日市:「マーフィーの法則」ってあるじゃないですか。強く思っていることが実現されるという法則ですが、幽体離脱の坂本政道さんなんかは、いくら強く思っても、思っているだけではなかなか願望は実現されないのではないかとおっしゃっていますね。(p.132)
 この点に関しては、下記リンクの著作に書かれている。
   《参照》   『超意識 あなたの願いを叶える力』 坂本政道 (ダイヤモンド社)

             最初から《後編》の【人生という学校】まで

五日市:私に『魔法の言葉』を教えてくれたイスラエルのおばあさんも、「言葉というのは口に出して初めて命をもつ」といってましたね。昔から『言霊』という概念がありますが、やはり声に出さなければならない。「塩ラーメン食いたい~~!」と強く思っていても、ウェイトレスに「味噌ラーメン」といっちゃうと、出てくるのは味噌ラーメン。塩ラーメンはまず出てきません(笑)。 (p.132)

 

 

《後編》 より