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 情報整理術に関する著者なりのノウハウが書かれている。ノウハウものには殆ど興味がないけれど、この本の表紙に魅かれて読んでしまった。
 普通の日常生活者だったら、メモを取る必要性などとんと感じていないだろうけど、発想やヒラメキを大切にしている人々は、その都度メモをとることを大切にしている人が多い。メモに限らず書き残すという作業がもつ長所とは何なのかが、自ずと分かるだろう。2008年3月初版。

 

 

【シンプルな情報整理術】
「いろんな情報整理術を試したけれど、結局、どれも継続できなかった」
 そんな人にこそ試してみてほしい、シンプルを極めた方法です。(p.8)
 使用するのは携帯に便利なA6サイズのノートです。
常にカバンを持ち歩くのならA5でもいいでしょう。大事なのはA判であることです。
A6とは、A4の紙を2回折ったときのサイズで、文庫本とほぼ同じ大きさです。(p.37)
 最初に6ケタの数字で年月日を書き、次に分類用語、そしてそれに関する記述という形式で、1冊のノートに書きつけて行く方法だという。時系列順が明確なだけで分類や内容はランダムである。
 分類や内容に関しては、ノートに書かれたものを後にPC上に転記し、エクセルなどを用いて分類検索できるようにするのだという。
 この本が書かれたのは今から4年前だから、今日、一般に用いられているアイ・パッドやスマート・フォンを持ち歩いている人なら、二度手間はなくなる。これらに直接書きつけて、クラウド上でないしは自分のPCに情報を飛ばすことで、分類・整理できてしまうだろう。
 ノートとは別なPCの役割は、情報の分類や検索を目的としたインデックスとしての機能をはたさせることらしい。紙媒体の大百科事典には、索引としての1冊があるものだけれど、PCが担うのはその部分である。
 ノートは百科事典本体であり、紙媒体で受け取った情報用紙をそのまま折りたたんで貼り付けたり、小さな名刺などはノートを袋仕様に加工して保管する方法などが書かれている。今では、便利な文房具がいろいろあるから、ちょっとした工夫で、情報保管庫としての便利なノートを作ることが出来そうである。

 

 

【日記の原点】
 ブログは、心から楽しめるならばいいと思います。
 でも、他人の顔色をうかがいながら文を書いてアップすることに気苦労を感じるなら、紙にペンで書く、日記の原点に戻ってみることも考えてみてください。
 僕は近いうち、プログのブームも終わりを迎える気がしています。(p.109)
 日記って書いたことがないけれど、「メモ」兼「日記」という感覚で情報ノートに書くことにすれば案外続けられるかもしれない。チャンちゃんにとっては、この読書記録に書き出した内容がメモで、その下に書いた自分のコメントが日記みたいなものである。“書き手の勝手”と“読み手の勝手”なんてとうの昔に達観しているから、読んだ人がどう思おとまったく気にしていない。むしろ、テキスト形式でクラウド上にアップしておくことで、誰かの役に立てばいいと思っているだけである。
 ブログのブームは、チャンちゃんの読書記録みたいに文字情報だけが主体なら総じて下火にならざるを得ないだろうけれど、写真や動画を多用するブログに変遷してゆけば、決してブームは終わらないはずである。但し、「書く」という行為が、それをなす人自身に対して資する点が多いという長所が見失われかねないことを危惧するだけである。
 PCを使い慣れている学生なら、この読書記録みたいなのをブログにアップしなくても、自分自身のPC上で作っておくべきである。ワードやエクセル内でいくらでもリンクさせることはできるのだし、リンクさせなくとも数多のファイルを保管しているエクスプローラ上で検索機能を使えばいくらでも過去の読書記録から類似なものを抽出できる。

 

 

【お風呂場でのメモ】
 閃きを大切にしている人々は、いつ何時閃くか分からないから、常にメモ用紙とペンを携帯しているものなのだけれど、お風呂場で閃いてしまう場合が、最大の課題だった。水中でも使える紙とペンが必要。
 実は、そのふたつはもう市販されているのです。 ・・・(中略)・・・ 。
 三菱鉛筆の「パワータンク」とLIFEの「耐水メモ帳」の組み合わせです。(p.158)
 へぇ~~、知らんかった。
 使ってみるとまさに完璧。シャワーを浴びながらでも、風呂に浸かりながらでも、濡れていない紙に書くのとまったく同様に書けることがわかりました。
 こうして先人たちが苦労を重ねた「風呂メモ問題」は数百円の投資であっけなく終わったのでした。(p.160)
 チャンチャン。

 

 

【メモとアイデア】
 結論から言えば、これまで説明してきたように何でも記録していれば、自然とアイデアは生まれてくるからです。
 メモすることとアイデアを出すことは最終的には地続きになっています。情報管理において「マメな人」でないといいアイデアを出すことは難しいのです。(p.167)
 この記述の根拠は、インプットとアウトプットの絶えざる繰り返しこそが質を高める唯一の方法である、ということだろう。
   《参照》   『脳を活かす仕事術』 茂木健一郎 (PHP) 《前編》
             【「脳を活かす仕事術」の神髄】
 いいアイデアというのは簡単に出てくるものではありません。
 いろいろと考えていても、いいアイデアとなるとごくごく一部。日常生活で思いついたアイデアは、殆どが使えないゴミばかりなので、真面目に書き付けておくのも馬鹿らしくなってきます。
 ただそれでも、いいアイデアは常に多量のゴミアイデアのなかから出てくる。これだけは間違いないのです。(p.171-172)
 だから、物量作戦がものをいう。

 

 

【物量作戦】
 いい写真を取るためには、とにかくシャッターを多く切らなくてはなりません。100枚撮れば、いい写真が1枚くらいはあるかもしれない。という具合に。
 適切な例ではないかもしれませんが、アダルトビデオのパッケージの写真は、プロのカメラマンがマシンガンのように撮影した数百枚のうち「奇跡的によく撮れた一枚」を使っているそうです。
 だから女優が実際の映像よりずっと美人だったりする。プロでもそれぐらい量を使って質を高めて、はじめていい写真が撮れるわけで、素人なら何千枚、何万枚と撮らなければ、会心の一枚は手に入らないでしょう。
 逆にいうと、素人でも何千枚も撮れば、プロが100回シャッターを切って得られる写真を越えられる。プロと素人の差も、単純な物量で埋められるのです。(p.174)
 発想や閃きに関しても、技術はそれほど大きなウエイトをもたないだろう。
 かつて日本軍は時間をかけて優秀な砲撃手を育成していたけれど、速成の砲撃手に多量な玉を打たせたアメリカ軍の物量作戦の前に敗れたのである。戦争だから、長期間の砲撃経験は積めないことだけれど、現場で撃ち続けていれば速成されたアメリカ軍の砲撃手に中から優秀な砲撃手が生まれていた可能性は高いだろう。量は質を生むのである。
   《参照》   『失敗の教訓』 日下公人 WAC
             【砲口馬力】
    《参照》  『日本語トーク術』 齋藤孝・古館伊知郎 (小学館) 《後編》
             【「量より質」 ではなくて 「量こそ質」】  

 

 

【「ひらめき脳」より「レスポンス脳」】
 質はどうでもいいからとにかく量を出す、と。
 そのためにはどうすればいいのかというと、よく言われる「ひらめき脳」より「レスポンス脳」を目指すことです。(p.174)
 ボタンを押せば一定の確率でアイデアがコロリと出てくる「アイデア抽選機」(頭脳)。 ・・・(中略)・・・ 。
 強烈な刺激とは、抽選機を蹴っ飛ばして当たりを出すようなものでしょうか。ボタンの数は関心をもつジャンルや趣味の幅の広さ、ありていに言うと「感受性」です。
 よくいう「引き出しの多い人」とは、ボタンの数が多いひとなのでしょう。(p.175)
 発想というのは、深めることより広めることでより頻出しやすくなるはずである。
           【本を読んでいないと、反対論者・否定論者になる】
 日本人が良き言葉として認識しているのに「一生懸命」とか「一所懸命」というのがあるけれど、一か所で一生を過ごしているような人生では、グローバルに展開している現代において、斬新な発想など思いつかないだろう。頭の善し悪しなんて関係ない。読書や実体験を通じての多様な経験が、たくさんの引き出しを作っているはづである。

 

 

<了>