《前編》 より
【精気とオーラ】
《参照》 『装いかた上手』 植田いつ子 (海竜社)
【語りすぎない装い】
性中枢に流れる精気の量と光背(人体のオーラ)の輝きは比例し、それは同時に無言のメッセージを放つのだと彼は言う。(p.126)
性は快感目的で消費するものではない。性はオーラに連動する真善美の根源である。《参照》 『装いかた上手』 植田いつ子 (海竜社)
【語りすぎない装い】
【 「無欲以觀其妙」 : 観念的性欲なき性行為 】
《参照》 『 Silent Love 』 五木寛之 角川書店
著者は、この村で得た体験を通じて、このブロックを外すことができたという。それは大自然(宇宙)のメロディーに共振するようになることだから、ブロックがはずれると、人生上のあらゆることが滞りなく流れるようになるのである。
私たちの知るセックスの快感は、この針が最大のぶれで振動した状態、つまり興奮を引き金にして生ずるものであるが、彼女たちのそれは、私たちのそれとはまったく正反対の、つまり、針を限界まで鎮静化させることによって生ずるような、まったく異質なエクスタシーに思われた。この自らの振動を生じさせることのない鎮静化状態ゆえに、彼女たちの体は、自然界の微細な波長と共振し、無限大の至福に至っている。そんな気がしたのである。そして彼らはこの後者を主体にしているため性器の摩擦をできるかぎり控えているのではないか、また、この後者の方がより深い満足感が得られることもあり、彼らには私たちのような観念的性欲はないのではないか。(p.131)
真実のタオ・コードを理解している者たちにとって、性は欲望ではなく、宇宙(全一なるもの)と一体化する恍惚感に浸るためのもの。下記の読書記録にあるポリネシアン・セックスも本来のタオに叶っている。《参照》 『 Silent Love 』 五木寛之 角川書店
性欲という言葉が出たので思い出したが、老子は第1章には 「無欲以觀其妙」 とあった。性欲を介在させない性行為を通して Tao のいかに玄妙な悦びであるかを観ることができるという言葉は、この鎮静化した針のような状態を言うのではないか。(p.131-132)
しかしながら、無欲になれさえすれば其の妙を観ることができるというわけでもない。
大自然の奏でるメロディーとは相容れない観念はすべて性エネルギーのブロックとなる。M老人はこのブロックを 「我」 と言っていた。M老人の言う我とは、性エネルギーの流動をブロックするバリアーのようなものであるらしい。(p.134)
現代社会は、すべての人間に多大なる 「誤った観念(=ブロック)」 を植え付けている。著者は、この村で得た体験を通じて、このブロックを外すことができたという。それは大自然(宇宙)のメロディーに共振するようになることだから、ブロックがはずれると、人生上のあらゆることが滞りなく流れるようになるのである。
【大きな愛】
所有欲や嫉妬心で相手を縛る観念のない彼らは、相手と結ばれた後も、他の異性と実に調和的で親密な関係を保っていた。さらに言えば、彼らには私たちのような統制された結婚パターンさえなかった。(p.165)
一夫一妻も一夫多妻も一妻多夫も混在しながら、全体では見事なバランスが保たれていたという。全一性の認識に至っていて、物や異性に対する所有概念がないから、このような共同体が可能なのである。このような愛の形態がまったく理解できないという人は、現代文明が仕掛ける認識の枷に嵌っているのである。
彼らの愛のすべてを実現させているものは、単なる男女の愛そのものではなく、そのすべてを包括する大きな愛(大道)なのであり、そしてそれを支えるものこそ、あの彼らの祭りなのだ! (p.166)
M老人は、グレートタオへと至ったとき、本物の男女の出会いが実現すると言っていた (p.167) そうである。そして、著者は、その言葉通りになったという。
【 「煩悩」 なのか 「神に近づく心」 なのか? 】
そして精神と物資の結節点こそが “性” なのである。
だからこそ、「性」 という言霊は、 「精」 を介して、物質的な 「生」 にも、霊的な 「聖」 にも至れるよう同音でつくられているのである。
現代の宗教にとっては、性に意識を向け続けることは 「煩悩」 でしかない。だが、太古の時代には、同じそれが、神に最も近づく心と見なされていた。性を堕落への迷い道とみなす現代の諸宗教と、神への入り口として認識する世界普遍の太古の宇宙観との対照性は、何を物語っているのだろう。(p.174)
対照性が生じた根本的な原因は、宇宙の周期率的変化に依っているのだろう。過去から現代までの2000年間である魚座時代の地球は、宇宙史的に見れば粗雑な波動に満たされていたのであり、それゆえに精神性(霊性)と物質性の二元を分けて捉える “分離の時代” にならざるを得なかったのだろう。2016年から始まる水瓶座時代の地球は、繊細な波動に満たされるので、2元を1元化する “融合の時代” になってゆく。そして精神と物資の結節点こそが “性” なのである。
だからこそ、「性」 という言霊は、 「精」 を介して、物質的な 「生」 にも、霊的な 「聖」 にも至れるよう同音でつくられているのである。
<了>
千賀一生・著の読書記録
『ガイアの法則』 ★★★
『ガイアの法則[Ⅱ]』 ★★★
『タオ・コード』 ★★★