イメージ 1

 第1章には、世界に誇るべき日本の伝統と精神文化について広くコンパクトに記述されており、第2章には、戦後日本が迷走してきた政治的原因について、これもコンパクトに記述されている。
 社団法人日本青年会議所会頭という肩書の著者だけあって、青年読者を想定してさまざまなポイントを簡潔に分かり易く記述してくれている。日本の文化や、国際関係下での政治に関して基本的なことを学びたい人には最適な著作だろう。2007年1月初版。

 

 

【法に触れないなら何をやってもいい?】
 お茶の水女子大学教授で 『国家の品格』 の著者・藤原正彦教授も同書の中で株主主権をやたら言い立てる人には 「下品」 で 「卑怯」 という印象を禁じ得ない、法に触れないなら何をやってもいいと財力にまかせてメディア買収を試みた人を日本人が喝采しているのを見て、絶望的な気分に襲われた・・・・・と、倫理観が失われていることを指摘していました。
 私をさらに絶望的な気分にさせたのは、「この世にカネで買えないものなんかない」 と言い放ったその意見を、数多くの若者たちが称賛していたことです。 (p.8)
 アメリカの資金を背景に、メディアを買収しようとしたホリエモンのことを安易に称賛していた若者たちは、そのような行為の背後にある歪んだ精神や、日本社会を崩壊させる一穴になることにまでは到底思慮が及んでいない。
 若者たちは、少なくとも 『誇り高き国 日本』 を語ってくれる日本の若き大人達の見解に耳を傾けるべきである。
   《参照》   『何のために働くのか』 北尾吉孝  致知出版社
             【公において私を糺す】

 「法に触れなければ何をやってもいい」 という発想は、若者の短慮として生じやすい発想であるけれど、まともな大人であってすら自己責任を回避するのに格好な言い逃れとして用いている人々が多い。
 法律というのは、時代状況に応じて成文化されるものであって、いつの時代にあっても完璧であったためしはない。時代が変われば “修正条項” を付加するなどの措置が取られるのが普通である。議会の承認を得て成文化される厳格な法律とまで言わなくとも、何かをルール化すれば、それをつくったときの理由から離れて、ルールを守ること自体を目的としてしまっている事例など身近なところにいくらでもあるであろう。サービスとか状況変化ということにトンと頭を働かせる習慣のない公務員は、このような愚かしいことを平気でするのである。
 私が良く利用している市立図書館では、夏期休暇の混雑時の配慮として、午前と午後の席の入れ替えルールを実施しだした。しかし、その夏期休暇以外のガラガラ状態のときにも、「ルールなので荷物をまとめて席を立って、再度申請してください」 と言って強要するのである。本来の主旨から離れてここまでバカバカしいことをするのが公務員というものである。
   《参照》   『ほんとうの環境問題』 養老孟司・池田清彦 (新潮社)
             【賞味期限問題と環境問題】

 

 

【国際法違反】
 1945年にはアメリカによる日本本土の空襲が本格化します。一連の東京大空襲では、十万人以上の死傷者が出ました。主要な攻撃目標が 「住居地域」 であったということは、極めて重要なことであり、決して見逃せません。非戦闘員である一般住民やその家屋への攻撃は、まぎれもなく国際法違反だからです。 ・・・(中略)・・・ 。
 さらに1945年8月には、広島・長崎に原爆が投下されます。一瞬にして十数万人もの人命を奪った、核兵器という許されざる殺戮兵器による大量虐殺が行われたのです。 ・・・(中略)・・・。
 これも重大な国際法違反であることは明白でした。
 著者はこう書いているけれど、厳密には国際法違反にはならないらしい。
 戦争に関する国際法についても、下記のリンクを読んだ上で、「法に触れないなら何をやってもいい」 かどうか、自分で考えておくべきである。
   《参照》  『日本語について』  木下順二  旬報社
           【アメリカが行った都市部の絨毯爆撃や原爆投下は、国際法違反にならない】

 

 

【米ソの謀略】
 「窮鼠猫を噛む」 式に、日本に戦争を決意させたハル・ノートの作成者について、
 このハル・ノートを作成したのはハル長官本人ではなく、ハリー・ホワイト財務次官補という人物でした。この人物はのちに旧ソ連のスパイであったという嫌疑を掛けられており、日米開戦自体がアメリカとソ連の謀略であったという説が有力となっています。(p.71-72)
 戦争は、起きるのではなく起こされる。これは近代史の見る上での常識である。その基本設計は、莫大な戦費を融資する国際銀行団がデザインし、具体的な仕掛けは2国の諜報機関によって作られる。
 開戦のきっかけのみならず、戦後も、米ソの両サイドから、巧みに文化破壊、教育破壊工作を仕掛けられてきているのである。
   《参照》   『楽しい読書生活』 渡部昇一 ビジネス社 《後編》
            【反日教育の出発点】

 

 

【誇り】
 精神科医・心理学者の和田秀樹さんとお会いして、日本の教育と愛国心についてお話した際、真っ先にご指摘されていたのが 「最近の歴史教科書は日本のことをほとんど誉めていない」 ということでした。(p.143)
 誇りを持つということは、向上意欲と不可分の関係にある。自分の家や国家に誇りを持てなければ、向上心など到底持てないものである。このことは、 『痛快! 知的生活のすすめ』 渡部昇一・和田秀樹 (ビジネス社) の中でも対談者お二人の共通認識事項だった。だからこそ、日本人としての誇りを取り戻すことは、教育再編の第一歩なのである。
 現在の教育行政・教育現場の改革を進めてゆくことが必要ですが、この問題についても我々日本JC( Junior chamber:青年会議所)は直接、教育現場に改革の流れを生みだすべく、独自に新しい近現代史教育プログラムを作成しました。日本JC制作の 「誇り ~伝えようこの日本の歩み~」 と題したアニメーション教材を使った歴史教育プログラムです。2007年から本格的に全国展開しています。これも政治家、文部科学省、教育委員会ほか多くの方々にご評価をいただき、力強い教育変革の流れを生みだせるものと確信しています。(p.144)
 とあるけれど、この 「誇り ~伝えようこの日本の歩み~」 という教材、私が利用している公共図書館の資料を検索してもヒットしない。このような枢要な目的で制作された教育用AVが公共図書館に配備されていないということは、それぞれの都道府県の教育課のトップはアメリカサイドの腐ったエージェントということなのだろう。そうでないなら、個人的肩書きに満足しきっていて、何ら教育再編の実務を推進する意志のないクズということになる。

 

 

【OMOIYARI運動】
 JCでは2006年度より、世界共通の道徳観(グローバル・モラリティー)の必要性を訴え、「OMOIYARI運動」 を世界に向けて発信しています。
 相手の立場に自分を置き換えて、お互いを受け入れる 「OMOIYARI」 の心を持って日常生活やJC運動で行動すること、そしてそれを世界の人々に広げていくことが 「OMOIYARI運動」 です。
 この運動によって、「文明の衝突」 を 「文明間の対話」 に変えることで、武力によらない真の世界平和の実現を目指します。(p.208)
 軍事問題=経済問題として戦争を遂行しようとする国際的な邪悪な勢力に対して、このような良識的かつ人間にとって本質的な運動が、果たしてどれほど効力を持つのだろうか。
 軍需関連産業をメインとする業界の下僕である政治家は、暗黙の戦争肯定派であるから期待しても無駄である。戦争反対という当たり前のことを叫べる市民の後押しが必要不可欠である。

 

 

【日韓平和推進共同宣言】
 殺戮や貧困の無い恒久的世界平和を実現しようとする
 国際青年会議所に属する会員会議所同志として
 互いを愛し、敬い、認識し合うことから醸成される
 国家を超越した、信頼関係を礎に
 日本JCと韓国JCのメンバーが
 日韓相互の真の平和構築に向け
 永久に協働していくことをここに誓う (p.214)
 現在、韓国に居住する日本人は、2万人にも達するという。
 日韓に限らず、世界中の近隣諸国間における、人・物・金の交流は、昔も今も緊密なのが普通である。
 そこに戦争を持ちこむというのは、欧米が画策してきた前世紀の遺物的な野蛮な発想である。
 アジアは、欧米が敷設したレールに乗るような愚を、決して再び犯してはならない。
 
 
<了>