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 前半には、『壁を越える技術』 に書かれていなかった御自身の人生体験が書かれている。若者なら具体的に参考になる点があることだろう。
 若者向けの応援歌のようなタイトルであるけれど、この本を著すことは、御自身の決意を固める効果をも担っていたらしい。若く見えるけれど、1956年生まれとあるから現在54歳。

 

 

【年を重ねると・・・】
 「年を重ねると、もの覚えが悪くなり、若いときほど頭が回らない」 と、言う人がいるが、それは間違った思い込みだということが最近の脳科学の研究で分かったそうだ。
 脳は、年を取るほど、経験の蓄積が作用してか、逆に、自分に興味のあることへの記憶は増すという。(p.109)
 この様な話は、今では何度も耳にするし、個人的な体験談も何度か書き出している。 「年を取ったらボケるもの」 と思い込んで頭を使っていない人だけがボケるのである。脳は肉体のようには老化しない。若くたって普段頭を使っていない人は、定常的にボケている。
   《参照》   『ローマ人の知恵』  渡部昇一  集英社 
            【タクシーは家庭教師】
   《参照》   『ウェブ人間論』 梅田望夫・平野啓一郎 (新潮社) 《前編》
            【量が質に転化する】

 

 

【自助力】
 「天は自ら助くる者を助く」( Heaven helps those who help themselves. )ということわざがある。天は、他人に頼らずにひとりで努力する者を引っ張り上げてくれる。いい教師がいて、なんとかしてくれるだろうと思った瞬間から、依存心が起こりはじめている。
 どんな運命でも、自分で切り開くという気持ちが大切だ。
 自力で道を切り開こうとしている人は見ていても気持ちがよく、何かに出会う可能性を感じさせてくれる。チャンスとはそういうものだ。
 依存心の強い人にはチャンスは訪れない。訪れたとしても、それをチャンスだと認識できない。
 チャンスとは、多くの人が見逃すなか、自分が自力でつかむもののことだからだ。
 自力で道を切り開いている姿は必ず、他人の目に感銘を与える。手助けしたくなる。自助を重ねてこそ、他力というチャンスはめぐってくる。(p.120)
 他からの援助や引き立てがあるのが当然であるかのように開き直っていて、自らは何ら努力しようとする様子はなく、始終競輪場へばかり通っていた梶原さんという先輩がいた。経済用語の 「市場」 を “いちば” と読むような人だったけれど、おそらく指導教官の書いたであろう論文をひっさげて東大の博士課程へ編入学していったから、世界はけっこうバカバカしくできているらしいと感じたものだけれど、こういうのは特殊(?)な例として参考にはせず、あくまでも神々が助けたくなるような自助力において生きるのが本筋である。
 宗教団体に属し、そこそこの神力を体験した故に、祈ることばかりに時間を割いてしまい、現実的な自力による努力をしなくなったとしたら、まさに本末転倒である。神仏に対する信仰心と依頼心の違いを教えていないような宗教団体なら、属さない方がいい。
 自力と他力の在るべき姿は、著者が書いている通りのはずである。

            【古神道の命】

 

 

【正確さ、緻密さ】
 意外と軽視されがちなことだが、世の中で成功を収めた人の多くは、「正確さ、緻密さ」 を身につけている。(p.121)
 「正確さ、緻密さ」 は、「具体的にポイントをきちんと押さえる」 と言い換えてもいいのだろう。この様な視点は、IT系の仕事に従事している人なら当たり前すぎて言うまでもないことだけれど、IT系の仕事に頭がなれていると、世間には 「具体的なポイントがあやふやな話が多い」 と普通に思えてくるのである。
 英語の指導者である著者の立場でも、以下のように書いている。
 英語の上達法の一つに、浴びるように英語を聴け、というものがある。 ・・・(中略)・・・ 。
 しかし、母国語であっても、学力の差はできる。
 同じ日本人でも、国語の能力に差があるのと同じだ。能力を高めるためには、どこかで必ず 「正確さ」 を伴った技術を身につけなければならない。(p.122)

 

<了>
 

  西谷昇二・著の読書記録

     『何があっても、生きていろよ。』

     『壁を越える技術』