《前編》 より
【インスタントラーメン】
味覚は繊細な組み合わせによってこそ進化するのであろうから、世界中の人々の使い方に任せた方が、ハイブリッド化が進んで良き方向に向かうことになるともいえる。
仮に日本人本来の使い方が良いと認識され、それに近づくことがあったとしても、任意な使い方を許容してから数十年を要するはずである。
国際化を目指す食品企業は、使い方や食べ方に拘らないどころか、それぞれの国や地域の味覚特性にすり寄って味を変えてさえいる。すり寄りは味ばかりではない。
《参照》 日本と韓国 <文化に関する雑記>
日本がつくりだしたインスタントめんは、めんに対してスープの割合が多いヌードル文化として、各国独自の解釈を通じて人々に受容され、広まっていると見える。これを日本のラーメンを誤解しているだの、本来のラーメンを逸脱しているといったところで、それはただ自らの味覚の好みを表明したにすぎない。むしろ文化は、変形可能であってこそ広まるという典型的な例ではないだろうか。(p.107)
大衆に広まる段階の食文化に関しては、まさにそうであろう。日本人的な使い方、食べ方を指示しても、味覚は幼少時のそれぞれの国の刷り込みによって決まっているから、国際的なスタンダードはあり得ない。味覚は繊細な組み合わせによってこそ進化するのであろうから、世界中の人々の使い方に任せた方が、ハイブリッド化が進んで良き方向に向かうことになるともいえる。
仮に日本人本来の使い方が良いと認識され、それに近づくことがあったとしても、任意な使い方を許容してから数十年を要するはずである。
国際化を目指す食品企業は、使い方や食べ方に拘らないどころか、それぞれの国や地域の味覚特性にすり寄って味を変えてさえいる。すり寄りは味ばかりではない。
「ハシからフォークへ」 と 「どんぶりからカップへ」 はその柔軟な対応の表れだ。(p.118)
使い方、食べ方、味、容器。これらも、いうならばコンピュータゲームと同様に無国籍化することで広まるのである。《参照》 日本と韓国 <文化に関する雑記>
【世界に広まった日本食品】
キッコーマンが、アメリカに工場を建て、現地生産を始めたのは、1973年のこと。(p.97)
日本の製造業が、相次いでアメリカに進出していった時期がこの頃なのだろう。KIKKOMON は今や世界中の食品店・スーパーで見られるという。
カニかまぼこは、日本が生んだ食品のうち、とくに大ヒットの部類に入るようだ。
・・・(中略)・・・
健康的という日本食イメージは、各国の健康食品店、自然食品店での日本食の健闘につながっている。(p.137)
・・・(中略)・・・
健康的という日本食イメージは、各国の健康食品店、自然食品店での日本食の健闘につながっている。(p.137)
【日本庭園】
維持に費用のかかる日本庭園は、公的に維持されねば、日本人ですら接することのないものになってしまうことだろう。日本庭園的な空間が新たに作られ維持されているのは、意外にも国際的な企業の敷地内であったりする。
日本庭園は常に高い評価とあこがれの視線を浴びてきた。自然に外国側が優等生扱いしてくれた幸運な日本文化の代表である。とくに世界の目が集まる万国博覧会に日本庭園は出品され、注目を浴びた。世界の舞台にデビューして以来、批判らしい批判が現れたことのない日本文化と言える。(p.168)
英国チェシャー州にあるタットンパーク、パリにあるアルベール・カーンの日本庭園、南仏のニースの西方、ロートシルド財団に属する日本庭園。アンジェ地方コルベール城に属するパルク・オリエンタルの一角を占める日本庭園。そして画家クロード・モネの日本庭園が言及されている。維持に費用のかかる日本庭園は、公的に維持されねば、日本人ですら接することのないものになってしまうことだろう。日本庭園的な空間が新たに作られ維持されているのは、意外にも国際的な企業の敷地内であったりする。
これは違和感なく取り入れられている他の日本文化についても共通してみられる性格と言うべきだろう。まるごとの受容だけでなく部分、パーツとしても受け入れ可能なものが異文化摂取では障害が少ない。ホテル以外にも、企業の本社の前庭や、工場敷地の一角に日本庭園の技法を応用した造園はよく見られる。また個人の住宅にもちょっとした石組みや草花・竹の植え込みが取り入れられるようになってきた。西洋の暮らしの中への日本文化の進出の一つのあり方を、日本庭園は示している。(p.180)
【俳句とハイク】
日本人も年齢を重ねると俳句のよさに心が靡いてゆくらしい。戦前に海外に渡った人々の文化的望郷の念に依っているであろう地名がハワイに残っているそうである。
《参照》 『水人』 中里尚雄 (扶桑社)
アメリカでは1960年代から、小学校の授業にハイクが取り上げられていて、それが広まっていた (p.204)
日本では俳句が国語教育の中で、いまもあまり取り上げられない。ところがアメリカでは小中学校の言語教育の一環として、シラブル(音節)の使用法を学び、詩を味わうための入り口としてハイクが積極的に使われるようになった。(p.209)
俳句は日本語と不可分な関係にあるのだから、異国語を話す人々に、俳句をハイクではなく俳句として伝えるのは殆ど無理である。日本では俳句が国語教育の中で、いまもあまり取り上げられない。ところがアメリカでは小中学校の言語教育の一環として、シラブル(音節)の使用法を学び、詩を味わうための入り口としてハイクが積極的に使われるようになった。(p.209)
日本人も年齢を重ねると俳句のよさに心が靡いてゆくらしい。戦前に海外に渡った人々の文化的望郷の念に依っているであろう地名がハワイに残っているそうである。
《参照》 『水人』 中里尚雄 (扶桑社)
【マウイ島のハイクという地名】
日本語から遠ざかる2世、3世、4世ともなれば、俳句はハイクとならざるをえないことであろう。しかし、ハイクを積極的に取り入れているのは、上記に書き出したように、必ずしも日系人ではない。
これも、俳句からハイクへの無国籍化による定着といえるのだろう。
日本語から遠ざかる2世、3世、4世ともなれば、俳句はハイクとならざるをえないことであろう。しかし、ハイクを積極的に取り入れているのは、上記に書き出したように、必ずしも日系人ではない。
これも、俳句からハイクへの無国籍化による定着といえるのだろう。
【スポーツ】
“諸行無常“ が真理とはいえ、文化と共にあった型の変容につれて、そこにこもっていた意味や、込められていた精神まで失われてしまうのであれば、それこそもともこもない。
変容させて世界に広まるものと、日本人だけによってしか保持しえないものの二通りがあっていいはずである。
国際化の道を進む際には、ジュードーと同じく、発祥の地、本国人からは 「何か物足りない」 といった文化的不満が生まれるに違いない。「われわれ韓国人からみて外国人のやるテコンドーは」、とか 「タイのこころが抜け落ちたキックボクシングでしかない」 とかいった嘆きが生まれることだろう。文化の保持と国際化の間には、心理的に整頓できない溝があることは確かである。(p.230)
静を基本とした立ち姿の中で技を掛け合う “柔道” と、乱脈ともいえる動きの中で力技が支配する “ジュードー“ は、似て非なるものである。大相撲も、モンゴル人力士の増加につれて、決まり手が5割増し増えたとか言っている。“諸行無常“ が真理とはいえ、文化と共にあった型の変容につれて、そこにこもっていた意味や、込められていた精神まで失われてしまうのであれば、それこそもともこもない。
変容させて世界に広まるものと、日本人だけによってしか保持しえないものの二通りがあっていいはずである。
<了>