
ドイツからみた日本人に対する考察をいくつも書いておられる著者。この著作は、あくまでもエコに特化した内容である。だから、読み物としてはあんまりおもしろくない。
【捨てないドイツ人】
姑からみると、夫は “捨て魔” で、夫からみると著者が “捨て魔” なのだという。だったらドイツ人からみたら、日本人なんて “ウルトラ捨て魔の大集団” に違いない。そんな日本人でも、スッチーを奥さんにもらった人は、その ”捨て魔” ぶりに驚倒するという。職業病だから仕方がないんだろうけど・・・。
因みに、ドイツのレストランは全て、食べ残しの持ちかえりが可能である。欧米諸国は自己責任の国だから、仮にそれでお腹をこわしたとしても、日本のようにレストランが罰せられるようなことはない。こんな発想なんだから、ルフトハンザ航空のスッチーならば、余った機内食を自宅に持ち帰ってくるんじゃないだろうか。(知らないけど)
【教科書は貸与!】 【日曜大工で自宅を建てる】
姑からみると、夫は “捨て魔” だというのです。(p.15)
夫は、父親が若い頃に乗っていた50年以上前の自転車を、未だに修理して大事に載っています。
私の家が珍しいケースではありません。どこの家でもプレゼントなどの包装紙はとっておいて、自分がまたプレゼントを包むときに使います。(p.16)
どこの国でも、経済発展の前や初期の段階ではこのようなものだろう。でも経済成長を遂げた後でもこのようであるというのは、やはり文化か? 合理的で頑固なドイツ人は、ゴミの分別やリサイクルについても徹底している。夫は、父親が若い頃に乗っていた50年以上前の自転車を、未だに修理して大事に載っています。
私の家が珍しいケースではありません。どこの家でもプレゼントなどの包装紙はとっておいて、自分がまたプレゼントを包むときに使います。(p.16)
姑からみると、夫は “捨て魔” で、夫からみると著者が “捨て魔” なのだという。だったらドイツ人からみたら、日本人なんて “ウルトラ捨て魔の大集団” に違いない。そんな日本人でも、スッチーを奥さんにもらった人は、その ”捨て魔” ぶりに驚倒するという。職業病だから仕方がないんだろうけど・・・。
因みに、ドイツのレストランは全て、食べ残しの持ちかえりが可能である。欧米諸国は自己責任の国だから、仮にそれでお腹をこわしたとしても、日本のようにレストランが罰せられるようなことはない。こんな発想なんだから、ルフトハンザ航空のスッチーならば、余った機内食を自宅に持ち帰ってくるんじゃないだろうか。(知らないけど)
【教科書は貸与!】
そういえば、話はすでに20年前のことになりますが、私の息子が小学校に通っていたころ、教科書は学校から借りてくるものだと知って、ビックリしたことがあります。(p.27)
そりゃあビックリする。
「この家の3分の2は、自分たちで工夫して作りました。大工さんや職人さんに頼むより費用は半分で済むし、室内装飾の材料も余分なものは一切買わないからムダにならない。だいいち、自分の好みに合うように作ろうとするから、完成したときの喜びったら、言葉にいい表わせないものがありました」 (p.29)
ドイツには、家庭大工用の大型スーパーがいたるところにあるからできることで、なかったら、いくら大工好きでも多分無理。工具のレンタルもある。
【日本の過剰包装】
人の命と包装とでは比較しようもないけれど、ドイツ議会から 「ゴミ出し日本、非難決議」 を採択・提出してもらって外圧でもかけてもらわないと、多分日本人の過剰包装は永遠に変わらないだろう。
日本文化に即して、綺麗に幾重にも包装して人に贈ることを完璧に説明できたとしても、
《参照》 『「ふろしき」で読む日韓文化』 李御寧 学生社
【包みの美学】
環境危機の現在では、戯けた詭弁以下である。ゴミの惑星か猿の惑星になってしまう前に、日本人もドイツ人のように考え尽した地点から行動できないものだろうか。
日本へたびたび商用で出掛けるある親しいドイツ人から、こんな話を聞きました。
「お土産にあられやようかんやお茶を頂きます。そんなとき、あの過剰包装には戸惑ってしまいます。 ・・・(中略)・・・ 。まず、紙袋、包装紙、桐の箱、茶筒、銀紙と5通りにも包装してあるのです」 (p.42)
アメリカは、戦争で軍需産業を養って経済を回していると非難したくなるけれど、だったら、日本は過剰包装で包装業界を養って経済を回している、と非難されてしまうかもしれない。「お土産にあられやようかんやお茶を頂きます。そんなとき、あの過剰包装には戸惑ってしまいます。 ・・・(中略)・・・ 。まず、紙袋、包装紙、桐の箱、茶筒、銀紙と5通りにも包装してあるのです」 (p.42)
人の命と包装とでは比較しようもないけれど、ドイツ議会から 「ゴミ出し日本、非難決議」 を採択・提出してもらって外圧でもかけてもらわないと、多分日本人の過剰包装は永遠に変わらないだろう。
日本文化に即して、綺麗に幾重にも包装して人に贈ることを完璧に説明できたとしても、
《参照》 『「ふろしき」で読む日韓文化』 李御寧 学生社
【包みの美学】
環境危機の現在では、戯けた詭弁以下である。ゴミの惑星か猿の惑星になってしまう前に、日本人もドイツ人のように考え尽した地点から行動できないものだろうか。
不用なものを棄てることは簡単です。ただ捨てるだけではサルにもできます。捨てない工夫をするのが私たちの役目です。(p.165)
【核は出口のないゴミ】
先進国の中で原発の数が一番少ないのは、ドイツである。
オイル価格の乱高下や環境問題を追い風に、再び世界的に原発の計画が進んでいるけれど、ドイツはおそらくそれに与さないだろう。「原発製造技術を持っているのは日本企業だけ」 などと言って、それらの企業の株価が上がっているからと喜んでいる人々は、余りにもオメデタい。
戦後これらドイツの科学者たちは、「たとえ平和利用であれ、核は危険であることには違いない」 と断言し、常に核の恐怖を伝え続けてきたのです。(p.135)
ドイツでは、平和利用の原子力発電所は 「トイレのないマンション」 といって非難されているという。先進国の中で原発の数が一番少ないのは、ドイツである。
オイル価格の乱高下や環境問題を追い風に、再び世界的に原発の計画が進んでいるけれど、ドイツはおそらくそれに与さないだろう。「原発製造技術を持っているのは日本企業だけ」 などと言って、それらの企業の株価が上がっているからと喜んでいる人々は、余りにもオメデタい。
<了>