
壮丁は立派だけれど、内容はなんだかバラバラな本である。古代史や権力をめぐる争いに興味のある茶飲み友達同士の、手前勝手なモノローグがそのまま書籍になっているという感じだ。著者独自の体系的に思索された論考らしきものは殆どない。数多ある書籍のどっかに書かれていることの寄せ集め程度である。
読み始めてから読み終わるまで、これほどまでに集中できず気の散り続けた書物は珍しい。
読み始めてから読み終わるまで、これほどまでに集中できず気の散り続けた書物は珍しい。
【肩すかし】
司馬遷の『史記』、ヘロドトスの『歴史』、それに『旧約聖書』が最初に言及されている。著者ご自身はカトリックであると書かれている(奥様の著名な作家・三浦綾子さんもカトリックであろう)けれど、『旧約聖書』と天皇家をつなぐ論考は、その後の記述に一切ないのである。
著者に期待する内容と言ったら、まさにその部分なのに、完璧な肩すかしで、無駄な時間を過ごしてしまったという感じである。キリスト教と日本に係わるディープな記述は、下記の著作の中に一部記述されている。
《参照》 『失われたアイデンティティ』 ケン・ジョセフ 光文社 《中編》
《参照》 『失われたアイデンティティ』 ケン・ジョセフ 光文社 《後編》
《参照》 『フォトンベルト 地球第七周期の終わり』 福元ヨリ子 (たま出版)
司馬遷の『史記』、ヘロドトスの『歴史』、それに『旧約聖書』が最初に言及されている。著者ご自身はカトリックであると書かれている(奥様の著名な作家・三浦綾子さんもカトリックであろう)けれど、『旧約聖書』と天皇家をつなぐ論考は、その後の記述に一切ないのである。
著者に期待する内容と言ったら、まさにその部分なのに、完璧な肩すかしで、無駄な時間を過ごしてしまったという感じである。キリスト教と日本に係わるディープな記述は、下記の著作の中に一部記述されている。
《参照》 『失われたアイデンティティ』 ケン・ジョセフ 光文社 《中編》
《参照》 『失われたアイデンティティ』 ケン・ジョセフ 光文社 《後編》
《参照》 『フォトンベルト 地球第七周期の終わり』 福元ヨリ子 (たま出版)
【詩編】
この詩編の詞は、そのまま流行歌となっていた。いろんなアーティストが歌っていたから、『バビロン川 (Rivers of Babylon) 』 というこの曲は誰でも聞いたことはあるはず。
「詩編」の中に、次のような作品がある。
われらはバビロンの流れのほとりに座り、シオンを思い出して泣いた、その地の柳に琴をかけて。
われらをとりこにした者は、われらに歌を求めた。
われらを苦しめるものは、「シオンの歌をうたえ」と言い、楽しい歌を求めた。
われらは異境にあって、どうしてヤーウェの歌がうたえようか。
彼らは一時独立、というよりもベルシャ帝国の保護領となるが、続いてローマの保護領になる。何故にダビデ王の下で実現した独立の夢は叶わないのか。それは神の意志に民族が背いたからではないか。(p.45-46)
独立の夢は叶っている。密流れる地とは日本のことである。われらはバビロンの流れのほとりに座り、シオンを思い出して泣いた、その地の柳に琴をかけて。
われらをとりこにした者は、われらに歌を求めた。
われらを苦しめるものは、「シオンの歌をうたえ」と言い、楽しい歌を求めた。
われらは異境にあって、どうしてヤーウェの歌がうたえようか。
彼らは一時独立、というよりもベルシャ帝国の保護領となるが、続いてローマの保護領になる。何故にダビデ王の下で実現した独立の夢は叶わないのか。それは神の意志に民族が背いたからではないか。(p.45-46)
この詩編の詞は、そのまま流行歌となっていた。いろんなアーティストが歌っていたから、『バビロン川 (Rivers of Babylon) 』 というこの曲は誰でも聞いたことはあるはず。
この他に、旧約聖書の物語が元になっている有名な歌に『エクソダス』があるけれど、これはもろにシオニスト・ユダヤのテーマ曲みたいだからあんまり・・・・。
【 「啉」 「飲」 「喫」 「喝」 】
同氏(橋本氏)によると、われわれが 「飲む」 という漢字で表現する行為を台湾と海南島、つまり中国の一番南東の端では「啉」と書き、この音のリムはイム(飲)と発音が近いことを断った上で、「飲」地区は、「啉」が使われている地区の大陸側の対岸であり、その奥に「喫」という字を使う地区があり、その西北の長江以北の中国大陸の大半では「喝」という字を使うことを示している。(p.70)
禅の一文字として「喝」の字を見た中国語が堪能な猫の親分(妹)に、「何で飲むなの?」と聞かれて噴出したことがある。「仏教の真髄は?」 と訊ねられた趙州禅師は 「喫茶去 (お茶を飲むことだよ) 」 と答えたそうだから、禅と茶の縁は深いにしても、これではいかんせん “喝を入れ“ ようもない。 《参照》 日本文化講座 ⑥ 【 茶道 】
【茶道はここから始まった】
【笛吹川じゃない】
武田信玄は笛吹川の堤防に苦心して、信玄堤を残している。(p.121)
著者は作家さんだから、同業者の深沢七郎・著 『笛吹川』 という作品名が頭にこびり付いていたのだろう。 釜無川である。
【近江王朝】
この書籍でやや興味深い記述と言ったら、近江王朝のことだろうか。
神武以前に、畿内西側には河内・播磨など既成王朝があったのだから、その勢力に直面せずに畿内の東側を縦に結べば、伊勢、尾張(熱田)、近江、敦賀(気比)と言う、今日いずれも枢要な神社を有する場所を繋ぐことが出来る。太平洋と日本海(北陸)を結ぶこのラインは琵琶湖などの水運を利用しつつの比較的容易な行路が可能である。伊勢と日本本来の霊統に関する枢軸的な意味合いがあるはずである。
この書籍でやや興味深い記述と言ったら、近江王朝のことだろうか。
私は近江王朝と伊勢との関わり、また伊勢を通じて尾張、近江、後の越前になる越の国との繋がりがあった、という気がしてならない。(p.151)
尾鷲市や紀勢町あたりからなら、同じ山越えでも伊勢に出て、それから宇陀に行くのが簡単である。先の天照大御神の御座所も一時、宇陀の榛原(榛原町)にあったのだから、皇大神宮の流浪は神武天皇の逆コースと言いたいほど重なる部分がある。(p.147)
神武天皇の行路は紀伊半島の山中を北上したという今日の通説を、やや東寄りに仮定してみると上記のような記述になる。尾鷲市や紀勢町あたりからなら、同じ山越えでも伊勢に出て、それから宇陀に行くのが簡単である。先の天照大御神の御座所も一時、宇陀の榛原(榛原町)にあったのだから、皇大神宮の流浪は神武天皇の逆コースと言いたいほど重なる部分がある。(p.147)
神武以前に、畿内西側には河内・播磨など既成王朝があったのだから、その勢力に直面せずに畿内の東側を縦に結べば、伊勢、尾張(熱田)、近江、敦賀(気比)と言う、今日いずれも枢要な神社を有する場所を繋ぐことが出来る。太平洋と日本海(北陸)を結ぶこのラインは琵琶湖などの水運を利用しつつの比較的容易な行路が可能である。伊勢と日本本来の霊統に関する枢軸的な意味合いがあるはずである。
【日本という国は、 “重心の低い船“ 】
日本という国の船は重心が高いのか、それとも低いのか。
今から千数百年前は不安定だった。いやそもそも日本という船はできていなかった。 ・・・(中略)・・・ 。日本と言う船の重心にあたるのは、天皇であると私は思う。当初、重心は高かった。天皇は国土の範囲を定める戦いでは陣頭に立ったし、国内の政争でも自ら軍を率いて戦った。しかしまもなく、重心は低くなる。歴史という貨物が次々に積み込まれて、重心は低くなる一方だった。
中国の場合は、王朝の交替によって、歴史という貨物は整理され、船外に放り出されたから、重心は常に高いところにあり、時代の変化にも敏感に反応していた。つまりこの国は有史以来何度も転覆を繰り返してきたのだが、積み荷を波にさらわれることで、船体が軽くなり、再び浮上することを繰り返してきたから、転覆の経験は忘れられ、数千年にわたって嵐を乗り切ってきたような印象を国民が持つようになった。確かに船体は三千年来、同じものを補修して使っている。
日本は王朝の交替がなかったために、重心は低くなり、ついにはほとんどの乗組員には重心の存在は意識されないようになる。そしてブリッジにいる船の運航にあたる人たちは、自分が船の全責任を負っていると錯覚するかもしれないし、重心の存在をしらない国民もいようが、ほとんど船底近くにある低い重心が船を安定させていることを、忘れてはなるまい。(p.260)
んだ。今から千数百年前は不安定だった。いやそもそも日本という船はできていなかった。 ・・・(中略)・・・ 。日本と言う船の重心にあたるのは、天皇であると私は思う。当初、重心は高かった。天皇は国土の範囲を定める戦いでは陣頭に立ったし、国内の政争でも自ら軍を率いて戦った。しかしまもなく、重心は低くなる。歴史という貨物が次々に積み込まれて、重心は低くなる一方だった。
中国の場合は、王朝の交替によって、歴史という貨物は整理され、船外に放り出されたから、重心は常に高いところにあり、時代の変化にも敏感に反応していた。つまりこの国は有史以来何度も転覆を繰り返してきたのだが、積み荷を波にさらわれることで、船体が軽くなり、再び浮上することを繰り返してきたから、転覆の経験は忘れられ、数千年にわたって嵐を乗り切ってきたような印象を国民が持つようになった。確かに船体は三千年来、同じものを補修して使っている。
日本は王朝の交替がなかったために、重心は低くなり、ついにはほとんどの乗組員には重心の存在は意識されないようになる。そしてブリッジにいる船の運航にあたる人たちは、自分が船の全責任を負っていると錯覚するかもしれないし、重心の存在をしらない国民もいようが、ほとんど船底近くにある低い重心が船を安定させていることを、忘れてはなるまい。(p.260)
<了>