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 美しい写真と共に “詩” が記述されている。心が乱れている時、この詩集に還る。

 

 

【高貴なる書物】
 人間の妙なる悟りや智恵とは
 ほとんどが高貴なる書物を精読した後に
 触発されて出てくるものである
 それを研鑽の第一となせ
 高貴なる書物を読んでも
 何の智恵も浮かんで来ぬのは
 蓄積が足りないからである
 焦るにおよばず
 高貴なる書物とは
 名文であり明智であり
 明解であって
 著者の生き様が立派で
 尊かった書物である     (p.24)

 

 

【学問の初め】
 知っていることと知らないことをはっきりさせるのは、
 学問の始めであり、
 それは謙譲の美を体得している人によってはじめてなされる。 (p.30)

 

 

【それだけで・・】
 知らないことが解るようになった。
 それだけで、大いなる御魂の向上である。  (p32)

 

 

【それだけで・・・】
 もっと解るようになりたい。
 それだけで、大いなる求道心である。  (p.34)

 

 

【前世で培った分だけ】
 天は二物を与えずとか
 人は生まれながらに
 定まった宿命をもつ、とか言われているが、
 本当は、全て前世で培った分だけしか
 天賦の才として備わらない。  (p.58)

 

 

【来世に持越しが可能なもの】
 人をうらやむな。
 前世の貯えが異なるだけだ。
 今世磨けば、その分だけ功徳が備わり
 来世までも持ち越されるなり。
 来世に持越しが可能なものは、
 信仰、芸術、学問である。  (p.60)

 

 

【整理整頓】
 整理整頓が最も大切。
 心の整理を修行するからなり。  (p.70)

 

 

【中途半端は・・・】
 何事も中途半端は神きらう 
 徹底的に遊ぶのも仕事

 適当にやれば結果は杜撰なり。
 真剣不乱な日々に幸あり。   (p.72)

 

 

【そうではない】
 努力してただできると思うなよ。
 人間とは勝手なもので、
 自分が努力した分だけ 
 進歩するものだと思っている。
 そうではない。
 誠がいる。
 愛がいる。
 工夫がいる。 (p.82)

 

 

【叱られて・・・】
 叱られているうちが花  (p.90)

 

 

【教育の務め】
 本人が本人を取り締まる。
 そんな人を育てるのが教育の努めである。  (p.112)

 

 

【平等の神徳】
 人知れず修めし修行、
 人知れず為せし悪行、
 全てを神は知る。
 報徳と裁きのあるは、
 平等の神徳なり。   (p.106)

 

 

【神と話がしたいのなら】
 どうしても神と話がしたいのなら、
 さえずっている鳥にされよ。
 神の姿がどうしても見たくば、山の姿、海の姿、
 花々の笑顔を見られよ。
 それでもなお神のことがわからねば、
 思い切って人を信じ愛してみられよ。
 その気持ちが神心に等しい。
 神は知るものではない。
 ただ恋してさえいればいいものなり。
 それが神と人との本来の姿なり。
 恋愛も親子の愛も、この一端を告げるものである。
 恋しい、なつかしい、親しい、ふるさとを求めるかなしみ、
 全ては神と人との間ができて以来、
 人に残った魂のなごりの感覚なり。
 これは、ひとの心にいつも宿っている古代のなごりであり、
 六次元神界を今一度もとめる人間の本能である。  (p.10-11)

 

 

【ひのとり】
 人の一生はとうてい人慮で押し測れるようなものではない。
 それは一人で生みつづける生産活動である。
 それで一生というなり。
 一人とは “ひのとり” なり。
 六次元の人はひのとりをたかめ育む人である。
 ひのとりとは、「日」に向かって
 ただ一羽になって大空を飛びつづける心であり、
 直なる魂の真の姿なり。     (p.ひふみ)

 

 

【六次元】
 人の知覚できる上限の神界。芸術的・創造的・文化的であり、すがすがしく繊細で、高貴にして雅やかな世界。次元界の構造は、私たちの暮らす三次元の上に、四次元(霊界)、五次元(神社の神々様がおられるレベルの神界)があるが、第六神界はその上に位置する。
 人が高貴な創造の思いを発して、こんなすばらしいものがあればいいな・・・という、そのイメージの中身が、第六神界からキャッチしたイメージである。  (p.4)

 

 

 

 

   《参照》  深見東州・著の読書記録

 

<了>