
ソニー、キヤノン、NECなど、日本の有名な大企業の製造現場変革の経営指導してきた方の書籍。
【「活スペース」と「活人」】
情報系の大規模開発プロジェクトで働くメンバーの殆どは、システムの中の限られた一部分を担当するのみである。まさにライン生産の 「単能工」 に等しい仕事である。そのようなプロジェクトでは、フェロモンなき屍のような人員を見かけることがある。人間がするに相応しい仕事とはとうてい思えない。
【「活スペース」と「活人」】
さて、ベルトコンベアーを外したあとには、広大なスペースが残る。
また分業ラインの「間締め」を行えば、人を減らすこともできる。
これらを、わたしは 「活スペース」 「活人」 と呼んでいる。文字通りスペースを活かし、人を活かすという意味である。(p.30)
「ライン生産方式」 から 「セル生産方式」 へ移行することで、広大なスペースが発生し、人も 「単能工」 から 「多能工」 へと導くことでやりがいが生じる。「セル生産方式」 では、知恵や責任感など、人の要素を加えた 「働き」 が不可欠になる。だからこそ、働き手はやりがいを感じることが出来る。また分業ラインの「間締め」を行えば、人を減らすこともできる。
これらを、わたしは 「活スペース」 「活人」 と呼んでいる。文字通りスペースを活かし、人を活かすという意味である。(p.30)
情報系の大規模開発プロジェクトで働くメンバーの殆どは、システムの中の限られた一部分を担当するのみである。まさにライン生産の 「単能工」 に等しい仕事である。そのようなプロジェクトでは、フェロモンなき屍のような人員を見かけることがある。人間がするに相応しい仕事とはとうてい思えない。
中でも、ソニーの現場(1991年、岐阜美濃加茂工場からスタート)で一年間指導したときは、「ムダとり」 で 「活スペース」 が一万平方メートルも生まれた上、170人もの 「活人」 が可能になった。それぞれ、地代や人件費などに換算してみれば、億単位の金額の節約になることはご理解いただけると思う。 (p.42)
【ライン生産からセル生産へ】
【農耕的な発想では・・・】
このようなことを考えると、冬季の土地と人員のムダをなくすために、何故、冬季でも露天で栽培できる野菜が(開発され)ないのだろうか? と、いつも思ってしまう。
大量生産・大量消費の時代には、農耕民族的な発想でも十分に対応できた。しかし、多品種少量生産の時代となった今、そんなことは許されない。
「つくって売る」 時代から、「売れるものをつくる」 時代へと推移しているのだ。 (p.82)
農業という産業自体は、保護されすぎて、米生産一つに依存する大量(一種)生産経営から転換できていないまま、今日まで来ている。農業に多品種少量生産といっても、自然天候下での栽培には限度がある。それでも、工業の現場変革に倣って、なんとか変革する余地はないものだろうか・・・・。「つくって売る」 時代から、「売れるものをつくる」 時代へと推移しているのだ。 (p.82)
このようなことを考えると、冬季の土地と人員のムダをなくすために、何故、冬季でも露天で栽培できる野菜が(開発され)ないのだろうか? と、いつも思ってしまう。
【現場を見る目】
現場経験の長い人ほど、わずかな音や匂いの違いで、製品や温度の異常を感知する鋭敏な感覚を持っている。熟練工の場合は、身体意識が職場全体に及んでいるという表現が相応しいように思える。コンピュータを用いだすと、人間の身体意識は極度に衰退してしまうのである。
なぜ 「工場を見る目」 が失われてしまったのだろうか。
一言でいえば、管理が多くなったからである。それもコンピュータによる管理が大勢を占めるようになったからだ。・・・(中略)・・・。コンピュータによる管理は、製造現場から離れた管理室からでも行える。製造現場に足を運ばなくてもすむのである。
頭のいい人ほどそれが合理化だと思い込んでいるが、実はその陰で、きわめて重要なものが失われているのだ。自分の手や体でモノを作っているという感受性であり、自信と誇りである。 (p.114)
「現場を見る目」を持った人間こそが、製造業の主役なのである。 (p.115)
優秀な企業ほど現場第一主義が徹底している。一言でいえば、管理が多くなったからである。それもコンピュータによる管理が大勢を占めるようになったからだ。・・・(中略)・・・。コンピュータによる管理は、製造現場から離れた管理室からでも行える。製造現場に足を運ばなくてもすむのである。
頭のいい人ほどそれが合理化だと思い込んでいるが、実はその陰で、きわめて重要なものが失われているのだ。自分の手や体でモノを作っているという感受性であり、自信と誇りである。 (p.114)
「現場を見る目」を持った人間こそが、製造業の主役なのである。 (p.115)
現場経験の長い人ほど、わずかな音や匂いの違いで、製品や温度の異常を感知する鋭敏な感覚を持っている。熟練工の場合は、身体意識が職場全体に及んでいるという表現が相応しいように思える。コンピュータを用いだすと、人間の身体意識は極度に衰退してしまうのである。
《参照》 『デンソー』 大河滋 (マネジメント社)
【若い女子従業員が支える「技能のデンソー」】
【必要なのは知識よりも訓練だ】
日本人の場合は、人 vs 人 であっても 人 vs 物 であっても、現場訓練において意識の直接相互浸潤が可能なのである。直接相互浸潤によって得られるものは “知恵” と呼ばれるものであって “知識” ではない。 “知恵” は “訓練” によってのみ身につけることが可能である。
ビジネスマンに知識は不必要だ、と言ったら驚かれるだろうか。
必要なのは、実は知識ではなく訓練だ、とわたしは信じている。 (p.176)
営業マンであれ受付の女性であれ、仕事に向上するのは体験を通じての訓練である、という主旨である。必要なのは、実は知識ではなく訓練だ、とわたしは信じている。 (p.176)
日本人の場合は、人 vs 人 であっても 人 vs 物 であっても、現場訓練において意識の直接相互浸潤が可能なのである。直接相互浸潤によって得られるものは “知恵” と呼ばれるものであって “知識” ではない。 “知恵” は “訓練” によってのみ身につけることが可能である。
<了>