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 この本、かなり前に買っておいて読んでいなかったのだけれど、気にはなっていた本だった。
 著者はこういう方。
 父は、私に 「高句麗王直系の子孫だから誇りを持って生きる」 事を毎日言って聞かせました。何処へ行っても「高句麗王の直系子孫の高麗源一だ」 と名乗るのです。(p.9)

 

 

【高句麗:天を地に実現する精神】
 イランのペルシャにの遺跡に立つ時 「礎がしっかりしていれば滅びない」 とのメッセージを聞きました。天とひとつである精神は滅びないのです。高句麗も天とひとつであり、天を地に実現する精神から生まれました。国は滅んでも、人間の生命の内に精神は受け継がれてきました。・・(中略)・・。今思えば、初代東明王は、この時を待ち、ずっと共にあったのです。私は高句麗の歴史から精神、魂は終わらないことを学びました。父が高麗の家と名を守る為だけに生きてきて、私が生まれ、・・(中略)・・。高句麗の歴史の真実を解くことで世界に向える生き方を見出したのです。天は一人一人の人間が麗しく生きることで実現できるのです。 (p.74)
 広辞苑にはこうある。 
【高句麗】:古代朝鮮の国名。ツングース族の扶余の朱蒙(東明王)の建国という。中国東北地方の南東部から朝鮮北部に渡り、4世紀広開土王の時に全盛。都は209年より丸都城、427年以来平壌。唐の高宗に滅ばされた。高麗(こま)。(-~668)

 

 

【国が滅ぶ仕組み】
 朝を向かえ、昼になっても私の心は無念な思いと悲しみに満ちていたのです。・・(中略)・・。「長寿王の悲しみだね」・・(中略)・・。王はシャーマンでも、側近は天意がわからないのです。実務が出来る優秀な人が側近になります。天意が分からない人が人を動かしてしまうと国は滅んでしまう。
 王の気持ちも天の意もわからない。わからない人は解釈し、理解をします。解釈した人の意識の枠によって天という言葉が作られ、はめられていきます。この時、天と切断されるのです。ここが組織の辛いところであり、国が大きくなると滅ぶ仕組みであることは、同様に身を持ってわかるものです。 (p.95-96)
 高句麗は天と切断され滅んでしまったけれど、日本は現在でも天意を受け継いでいる国家である。
 日本は、天皇がシャーマンであり、政治家が実務を担当してきた。戦後、天皇が人間宣言をしてしまってから、天皇のシャーマンとしての役割は実質上やや小さくなってしまったそうであるが、その役割を補完する人々が現在でも日本を背後から支えている。日本の首相は、実務的に優れていないからこそ日本は繁栄してきた(!)という見方は、実は間違ってはいない。神意を取り次ぐ日本という国家の賢明さは、実務主体の能力だけで計ることはできない。

 

 

【精神が失くなる時】
 著者がレバノン大使館で大使に会った時、言われた言葉だという。
 「書かれた歴史はその時代時代の権力者のものであり、真実の歴史は一人一人の生命にある」 そして、「精神が失くなる時、国は滅ぶ。日本も素晴らしい武士道の精神を取り戻さねば国は滅ぶ」 (p.142-143)
『武士道』 の著者、新渡戸稲造は 「武士道は不死鳥である」 と言っていた。日本は滅びない、決して。
『 武士道は不死鳥である 』

 

 

【フェニキアのティール】
 美は国創りの原点であることが白頭山にて教えられ、フェニキアの地ティールにて、美は永遠であることを教えられ、今美しく生きることが未来に繋がるとはっきりとした方向が見えました。嬉しくて幸せで最高の時を過ごしました。
 私の心の故郷と感じ、高句麗のルーツはフェニキアである事を私の内では確認したのです。故郷に辿り着き、私の心は安定しました。 (p.151)
 これを読んでいて、ケルトのティール・ナ・ノーグを思い出していた。
『ディングルの入江』 藤原新也 集英社
【ティール・ナ・ノーグ】
 ケルト伝説のティール・ナ・ノーグとフェニキアのティール。繋がっているのだろうか。
 ケルト ⇔ フェニキア ⇔ (タリム盆地) ⇔ 高句麗 ⇔ 日本 ??? とりあえず書き出しておいた。
 

 

【タンザニアコンサート】
 著者がタンザニアでコンサートをした時のことが記述されている。

 タンザニア各地の美しい映像と共に流れる音楽は完璧でした。二部に入り、日本の聖地熊野と白神山地の映像と共に流れる音楽に、一切が洗い流され、うごめいていたものがきれいになりました。日本のエネルギーは素晴らしいと驚嘆しました。 (p.199)

 「自然は神なり」 と言われている日本の神域のエネルギーが素晴しいのは当然である。21世紀の世界の仕組みは、熊野や白神山地よりさらに素晴らしいエネルギーを発する神域、即ち “白山” が中心になされている。

 

 
<了>