
剣豪・宮本武蔵を生んだ「美作国」、現在の岡山県津山市が著者の出身地だという。早稲田に8年間も在籍し、50歳で国会議員になられた方らしい。タイトルや表紙から受ける印象よりは、遥かに真摯な内容の書籍である。
【早稲田大学8年生】
早稲田大学の体育会系ではこんな呼ばれ方があるそうだ。
1年バイキン、2年ゾウキン、3年人間、4年天皇、5年王様、6年神様、7年仏様、8年キリスト。
霊学的には、この順番はかなりイカレテいるけれど、そんなことはどうでもいい。著者は胸をはって、8年生の威光を輝かせていたらしい。早稲田には様々な伝統があり、面白い人々が確かに多いように思う。
【「狂い死に」】
高杉晋作は、『 「狂」 は常に進取的で鋭く、「愚」 は常に逃げ惑うことを知らない。しかるに才人や良識家は、しばしば変節漢となり、八方美人に堕し易い。そんな連中に真に 「志」 を成し遂げることはできない』 と。
吉田松陰は、『旧習や良識を打破し、時流や俗世の名利を突き抜けて回天の業を志士になさしめるものこそ 「狂」である』 と。
松蔭の師・佐久間象山も、自作の詩の中で 「狂志」 という言葉を使っている。 (p.115/116)
哲学者・和辻哲郎は、『葉隠』 を 「江戸の士道ではない」 と否定した。そして、幕末に吉田松陰らに受け継がれた武士道は、『葉隠』 の武士道にあらず - と断じている。すなわち 『葉隠』 の武士道が “主君と家来” の規定であるあるのに対し、江戸の士道は “国家と自分” との関わりを規定しているからである。 (p.96)
さて、チャンちゃんは、『葉隠』 を “狂い死に” の視点で書かれた論考を読んだことがある。“関わり規定” ではなく、“狂い死に” の視点で看れば、葉隠と幕末の志士達の武士道に共通点はあるのではないか。
《参照》 日本文化講座⑧ 【 武士道 】
『武士道と云うは、死ぬこととみつけたり』
《参照》 『サムライの日本語』 久保博司 (幻冬舎) 《前編》
【「武士とは、武勇に大高慢の、大曲者でなければならぬ」】
《参照》 『あなたの「死にがい」は何ですか?』 草柳大蔵 福武書店
【 『葉隠』 の 「常住死身」 】
《参照》 『もう朝だぞ!』 友常貴仁 三五館
【山本常朝の心】
【広く浅くの日本文化論】
この書籍に記述されている内容の多くは、「広く浅くの日本文化論」である。著者は、かなりの時間を費やして、武士道や茶道や俳句なども含めて、広範な領域を学んで記述している。多くのことを学ばせてもらった。
このタイトルでは、軽すぎてもったいない気がする。
<了>