王山古墳群
鯖江台地南端の独立丘陵「王山」に分布
弥生時代(1世紀)~古墳時代中期(5世紀)に築造された現在総数54基の墳墓・古墳が確認されている
中でももっとも古いのは弥生時代後期(3世紀)のもので、墳丘墓(方形周溝墓)になっており、一辺が8mから12m・高さ1mから2m
集溝からは、東海や近畿地方の影響をうけた土器が出土
山の途中からの眺め
王山に葬られているのはどのような人々か?
40号墳
東西23.5m、南北21m、高さ推定3mの方形周溝墓
1世紀頃築造
1号墳・2号墳
方形周溝墓
弥生時代後期(3世紀)
8号墳?
手前から3号墳・7号墳・9号墳・4号墳
7号墳
方形周溝墓
弥生時代後期(3世紀)
3号墳・8号墳
3号墓
周溝からは東海や近江地方の影響を受けた土器が出土
8号墳
古墳時代の円墳
9号墳
弥生時代終わりころ(1700年前)の方形周溝墓
9.5×9.3m
4本の独立した溝で囲まれており、その内側に遺体を埋葬する
北側の溝から祭祀用と思われる大型の壺が出土
埋葬施設は組合せ式箱形木簡
副葬品は無し
4号墳
方形周溝墓
弥生時代後期(3世紀)
21号墳
古墳前期の円墳
直径19m
幅3.5mの周溝
この古墳の上に鎌倉~室町時代の集石墓が作られている
「積石塚
」と思ったのですが、鎌倉~室町のお墓だったんですね。ちょっと残念(信州と関係か
と)
25号墳
4世紀築造の方墳
半分くらいかなあ、見たのは。雨だし、暗くなるのも早いので、この辺りで見学をやめることにしました。
弁財天山(120m)
王山古墳群に行く前に寄った、弁財天山の高地性環濠跡。
今北山・磯部・弁財天古墳群
弁財天山の頂上から、弥生時代後期前半のに築かれた「高地性環濠」が県内で初めて見つかった
V字の環濠が巡らせ、2重の環濠の間には土塁の跡も見つかった
弥生時代も終わりごろ(約1,800年前)になると、弁財天の高地性環壕集落は消え、北陸地域に共通した特徴をもつ土器が片上各地の山際付近で見られるようになる
その後、入れ替わるように古墳が造られるようになる
4世紀になると今北山の頂上に75mの前方後円墳(今北山古墳)が作られる
弁財天山の高地性環壕集落を含めた本遺跡群は、北陸地方最古級の高地性環壕集落域が墓域へと変化し、さらにこの墓域内において北陸地方最古級の大型前方後円墳を生み出すといった変遷を一遺跡群で明らかにした
おばさん4人は「クマが出そう」ということで、山に上るのはよすことにしました![]()
















