今日もマイストーリーをお読みいただき
ありがとうございます。
第一話〜第四話は
こちらからお読みいただけます。
急速な復興で、
40歳になった頃には
もう普通の生活に戻っていました。
弟2人の双子達も
ケンカばかりでしたが
すくすく健康に育って行きました。
夫は娘の時よりは
流石に手伝ってはくれましたが
やはり基本はワンオペ
あの厳格な姑は、
くも膜下出血で倒れ、
1ヶ月後
脳梗塞で亡くなりました。
先にあの世に行くと思っていた舅
取り残されたショックからか
寝込みがちに
元気を取り戻しましたが、
九州男児 しかも長男
台所に入るべからずで育ってきているので
家の事は全く何もできません。
横にあるものすら自分で取らない
舅の世話が始まりました。
義姉と
やる事を分担
色々とありましたが
これまた
良い嫁の生存戦略で
乗り切っていました。
いつまで続くかわかりません。
子供達は
小学生になり、
働くことを考え始めました。
と言ってもまだまだ
完全に家を空けるわけにもいかず
在宅の仕事を見つけそれを開始しました。
在宅勤務とはいえ、週2で納品に行くので
外に出る機会ができました。
主婦の世界しか知らなかったのが、
電車通勤で通う自分が
なんか嬉しかった。
子供達も習い事が増え、
お金もかかるようになったので、
その待っている時間も働こうと思い
夕方パートに行くことにしました。
あくまでも家族中心なので
働き方は、
家族の時間に合わせて。
自分中心ではない!
人に合わせて生活していました。
母にとっては当然なこと
だと思っていました。
Wワークの開始です。
さすがに繁忙期はきつかった。
夜中に仕事したりしていました。
でも〜
外に繋がっていること
家の話以外の話をすること
がとても楽しかったんです。
私は
外との繋がりが欲しかったんだ
自由に動きたかったんだ!
って思いました。
この頃
両肘を同時骨折しました。
つまづいた時に両手を付いてしまったのです。
手首がヤバイと思ったのですが
折れたのは両肘でした。
当時の写真です
手術入院
両腕をギブス
何もできません
ご飯も食べれない
トイレに行っても服を下ろせない
寝転んだら起き上がれない
でもね〜
人間ってすごいんですよ〜
なんとかしようと考えるんです。
すると、
なんとかなるんです。
もちろん家族の協力があってのことですが〜。
指先は幸いにも動きます。
ご飯はお皿に入れてもらい、
スプーンをお皿に置いてご飯を入れ、
コテの原理で口に入れる。
トイレは
ゴムのゆるいズボンを履いて
指と腰の動きでズボンを降ろす
寝転んで起き上がるとき
布団を足で家の角に置き
布団で斜めにして頭を布団に突いて起きる
人って本当にすごいな!
何とかするんだ!
って自分のことながら
改めて感じました。
この経験が
今の私を作っています。
なにかあったときも
なんとかなるって!
困難なときも
あの時を思い出して、
「何とかやれたんだから何とかなる!」
って信念が生まれました。
自分を強くした
経験はありますか?
あのことがあったから
今の私は〇〇なんだ!
だから大丈夫!
と言うことがあったか
もし良ければ
振り返ってみて下さい。
それに気づくことで
自分のこれからの人生に
大きくプラスになる!
と思います。
助けてくれると思います。




