「過程が大事とはいえやっぱり結果が欲しい」
最近
この界隈で(どの界隈だ?)
やたらと
「Voicy始めました!」
っていうのを目にするんですけど。
(Club Houseはどこいった?)
そういうのを見ると
普通に
喋れる人はいいよなぁと思います。
ウエダミツトシです
こんにちは
僕は
Voicyについては
全く考えたことすらありませんし
You Tubeとか
そういう動画系についても
「あの~」
とか
「えっと~」
とか
「あ、あ、あ……」(カオナシ)
とか
そういうのが
僕の場合だと
かなり多いので
あまり向かないなと
自分では思っています。
一時、
Club Houseで
ちょこっとだけ話したことがあるんですけど
間のとり方がわからん!
ってなって
それ以来
あまり聞くことすらしていません。
そもそも
動画で
オレの平たい顔が
見てくれている人たちに
ちゃんと認識されんのかなってところが
甚だ疑問ですし
声にしたって
どもりが多い
僕の話し方とか声とかが
耳障りじゃないかなと
色々考えてしまうと
もうダメです。
だから
やっている人たちは
すごいなと。
尊敬すらしてしまいますけども。
いや今日は
音声メディアについて
書こうと思っているわけではなくて。
こちらのブログに共感したから
こうしてブログを書いています。
いや、ほんと、私も一度大きくコケましたしね。
でもそれから、先生にお任せっきりだった体調管理も
自分で積極的に取り組むようにしたんですよ。
その過程で、
サプリを飲むことも
ビタミンC点滴をすることも
自分の食事内容を見直すことも
それをやった自分がどうなるのかを
おもしろがれる自分を見つけることができたので
続けることができました。
私達は結果を出すためにあれこれがんばってしまいがち。
そして結果を出すために
どの手段をとればいいのか?を悩みがち。
でも、やっぱり逆なんですよね。
結果を期待していると、続かない。
続けるためには
やっている行為
プロセスそのものを楽しめるようになることです。
人生も一緒。
何を手に入れるかよりも
どうまいにちを楽しんで生きていくか。
「結果にコミットするより、プロセスを楽しむ」
これって
すごく大事だと思うんですよね。
世の中は
まだまだ
結果に意識が向きがちというか、
結果を訴求して
「こうなりたいでしょ?」
「今のままでは満足できないでしょ?」
みたいなのが多くって
悪質になると
そういう人たちを煽るようなものが
多いんですけど。
たしかに
その結果が欲しくて
自分の理想を実現したくて
日々努力している人たちも
たくさんいるので
結果を求めるなとは言わないんですが、
「それだけだと」
人生の半分以上を
損してるように思うんですね。
何故なら
「人生自体がプロセスそのもの」
だからです。
結果もたしかに大事なんですけど
それと同時に
どのようなプロセスをたどったか、
それをどれだけ楽しんだか、
こっちの方も
すごく大事だと思うんですよね。
なんだったら
初めは
その結果を手に入れようと
その努力を始めたかもしれないんですけど、
やっているうちに
今やっていることそのものが
なんだか楽しくなっちゃって
結果なんてどうでもよくなってきた。
そうしたら
いつのまにか
思っていたところよりも
随分と高いところにまで
到達しちゃった
っていうのが
ものすごく良い形なんだと
僕は思うんですよ。
何の本だったか忘れちゃったんですけど
ある男性の話で。
別にやりたいことがない
ひとりの男性が
ある時、
自分の進路に悩んでいて
とことん
真剣に考えてみたことがあって。
「自分は何をしたい?」
「何を望んでいる?」
って自問自答を繰り返していった結果
自分の中から出てきた答えが
「女の子にモテたい」
だったそうなんです。
よくありがちです。
それしかないんかい!?
ってなりますけど
けっこう真実です。
男性は
そのために生きていると言っても
間違ってはいないと思います。
でも
大抵の人は
そこで考えるのを止めてしまうことが
多いと思うんですけど
この男性は違いました。
「そうか、オレは女の子にモテたいのか。じゃあ、どうすれば女の子にモテるようになるんだろう?」
とまた真剣に考え始めたんですね。
そして、
そこで出てきた答えが
「芸能界に行く」
だったそうです。
この芸能界に行くっていうのは
自分がタレントとか
俳優になる道ではなくて
裏方の
特に
映像制作の道に進むってことだったみたいで。
「キレイな女の子がいるところはどこだ?」
「芸能界だ」
「じゃあ、タレントになるか、俳優になるか?」
「それには興味がない」
「じゃあ、どうする?」
「制作側に行けばいいんじゃないか?」
「じゃあ、どこに行く?」
「映像制作ならこんな自分でもなんとかなるかもしれない」
そう自問自答して
色々と調べて
やるべきことをピックアップして
ひとつひとつ行動して
潰していって
芸能プロダクションに
一社一社アタックしていったそうです。
そこで運良く
ある映像制作会社に潜り込むことができて。
そこからは
ひたすら
女の子と出会うために
女の子と知り合うために
女の子に囲まれて毎日楽しく仕事をするために
すべてを捧げてきたそうです。
どうやったら
このアイドルが
一番かわいく
最も綺麗に画面の中に収まるんだろうか?
そればっかり考えて
そのことだけに没頭していたそうです。
そして
ある時気が付くんです。
「あれっ? 女の子にモテたいと思ってこの仕事を始めたのに、今のオレときたらもうそんなことには興味がなくなってこの仕事が楽しくて仕方がなくなってるじゃねえか! どうしてくれるんだ、このオレの人生を!!」
と。
結果として
その男性は
その映像制作会社から独立して
自分で会社を始め、
その仕事で知り合った女優さんと結婚することになりました。
これが
プロセスを楽しむ力だと思うんですね。
初めは
女の子にモテたかった。
キレイな女の子と知り合って
仲良くなって
タレントさんだとか
女優さんと付き合えればいいなと思っていた。
でも
そのために始めた仕事が
思っていた以上に
楽しくて楽しくて
その仕事(プロセス)に
無我夢中で取り組んでいたら
女の子にモテたいとか
仲良くなりたいとか
もうどうでもよくなって
気が付いたら
自分で会社を興すようになっていた。
そしたら、
当初の目的だった
キレイな女の子と仲良くなることが
女優さんと結婚するということで
叶ってしまった。
そういう話なんですけども。
「手段」と「目的」という話がありますけど。
人は何かしらの
「目的」があって
それを達成するための行動を取るじゃないですか。
ここで大事なのは、
「手段」は何でもいいってことです。
その目的が達成されるのなら
「手段」は何だっていいんです。
じゃあ
何だっていいんなら
思いっきり
自分が楽しめるものを選ぶといいですよね。
それと
自分が選んだものを
思いっきり楽しもうとする姿勢も
とても大事だと思います。
何事も
やってみなければわからないですし。
どうせやるんだったら
自分が毎日
ニマニマしながらやれることの方がいいじゃないですか。
そうすると
当初の「目的」
つまり
「結果」が気にならなくなってきて
今やっていることに没頭できる。
少なくとも
自ら楽しんでやろうとする。
プロセスに無我夢中になっているうちに
気が付いたら
その「結果」が手に入っている。
そういうことって
けっこうよくある話だと思います。
実はこれって
誰も言わない
鉄板の成功法則だと思うんです。
「結果」はたしかに大事です。
でも
それと同じくらいに大事なのが
「いかにそのプロセスに夢中になれるか」
だと思うので。
「下積み生活」なんて言葉がありますけど
その下積み生活が
楽しくて楽しくて仕方がなかったらどうですか?
もう何のための下積みなのかがわからなくなってきて
気が付いたら
思いも寄らない現実を生きている
なんてことになるかもしれませんよ。
それを
少し言い方を変えると
アホ
ってことかもしれないんですけど。
何事も
深刻に考えすぎるよりも
ちょっとばかりアホなくらいで
ちょうどいいと思うんです。
日々の生活の中で
アホになれることってありますか?
自分のことを
「アホだな~」
と思えるくらい
夢中になれることってあります?
もしかしたら
その先に
思いも寄らない現実が待っているかもしれませんし、
今何らかの「目的」があって
そのためにやっていることがあるとしたら
その中で夢中になれるもの
もしくは、
その「手段」自体を
思いっきり楽しんでしまう。
その姿勢が
最終的に
人生自体を豊かにする生き方になるのかもしれません。
「結果」は「結果」として
そのためのプロセスを
いかに楽しむか。
その視点を持っておくと
すごく遠回りなようでいて
充実した毎日を送れるようになると思います。
あ、でも
やっぱり
当初の「目的」
それこそ
「女の子にモテたい」的な
根源的な欲求というか
本音の思いも大事ですよ。
なにも崇高な目的じゃなくてもいいんですよ。
それこそ
女の子にモテたいでもいいし
美味しいもの食べたいでもいいし
ずっとサーフィンしていたいでもいい。
なんだったら
ずっとバイオハザードやっていたいでもいいと思うんです。
なんでもいいんです。
その「目的」が
思わず行動に移してしまうようなもの、
ウズウズしてくるようなものであれば
人は止まってはいられませんから
知らずしらずのうちに
当初の「目的」に
近づいていくものだと思いますんで。
「結果」と「プロセス」
どっちも大事だよねって話でした。
最終的には、
クソ当たり前な話になってしまいましたけどね。
《終わり》


