娘のような年頃の同僚と二人で仕事をするようになって、二週間が過ぎた。
私の方が経験年数が長いけれど、経験してきた場所は彼女よりも少ないから、勉強になることが多くて楽しい。
自分がいいと思ってやってきたことよりも、いいアイディアを出してくれるから新鮮だし、新しい気付きが日々ある。
遊んでるんだか、仕事してるんだか、もはやわからないぐらいのストレスのなさは、彼女が私を下手に気遣わないからなんだろうと思う。
私はおっちょこちょいだし、要領もさほど良くないことを自覚している。でも、そこをしっかりとサポートしてくれるのは、彼女の経験値の高さなんだろう。
彼氏との話が特に面白く、共感しかない。私は息子と彼女のことに当てはめて考えてしまい、息子のいたらなさを普段どれだけ息子の彼女が補っているんだろうか…と思うととても申し訳ない気持ちになるのだった。
仕事では他人に対して客観的に見られるのに、自分の家族や彼女には、わがまま全開、矛盾だらけ。
息子も彼女の彼氏も、精神的にまだまだ幼いと感じるけれど、彼女たちがそれでも付き合ってくれるのは、彼らがありのままの自分を出せるのは、彼女らしかいないと思っていることを無意識に知っているからなんだろうとも思う。
彼らは未熟だった。
だけど、彼女たちに頼られることで、どんどん責任感とか守りたい気持ちなんかが育っていくのだろう。
彼らは、複雑に見えて単純だ。
彼女らの喜ぶ顔、感謝する言葉をエネルギーにしているから、自分の不甲斐なさに直面した時。受け入れられなくて、離れたくなったり、怒ってしまったりする。
娘は相変わらず、自分は仕事で役立たずだと言っている。
少し前までは順調そうだったのに、今になって壁にぶつかり始めたのは、聞いていると、患者さんに対して、コントロール欲求が生まれ始めたんだろうなと勝手に推測する。
良くなってもらいたいがゆえに、いらんことを言うようになった。心に病を抱える患者さんは、ただ共感してくれるだけで良かったのに、余計な(と本人は感じるだろう)アドバイスをされれば、それができたらこうならない。と思うのは当然だ。
知識や経験が増えるほどに陥ってしまう罠である。
でもその自分の至らなさを娘は、動画作成においての歌詞の中にこめた。
今は曲やアニメーションはAIが作ってくれるらしい。
しかし歌詞だけは、自分で全部作りたかったらしく、その歌詞に多くの共感が寄せられていることに驚いた。
医療従事者の誰もが、良かれと思ったことが報われない経験をしているのだろう。
息子に見せたら、私よりも笑ったり、わかるわかる。と共感していたのが、その証拠だ。
理不尽な仕事だ。でも、こうしろ、ああしろ。と言われたら、もう精神か疲弊するほど頑張っているのに、受け入れられない。
試行錯誤しながら、報われないまま、答えなんて見つからないまま、自分に自信をなくしながらも、こうやって彼らは患者さんと向き合っている。
専門用語はあってもわかりやすく、ちょっと笑えるような言葉や文脈のセンスとか、その現場そのもののような疾走感のある曲の選び方とか、疲弊しつつもどこか希望を失わないような感じとか、我が娘ながら、センスあるじゃん!と思う。
ケンカばっかりして、疲れる。と同僚の彼女は言ったけど、それができるのも若く体力のあるうちだ 、と思う。
今までの彼氏はみんな頭が良くて、大人で、こんなふうにケンカしたことなかったから戸惑う、とも。
でもそれでも、好きだと思うのは、今までの彼氏よりも、彼の方が彼女のことを同等として扱っているからなんじゃないだろうか?
どっちも見方によっては間違っていない。
それぞれの育った環境で無意識に刷り込まれてきた常識を二人だけの常識に新しく作り直しているだけだ。
互いを従わせたいから、ケンカしている。
互いに分かり合いたいから、ケンカしてしまう。
ケンカすることが、相性が悪いからなのか、それとも互いに言いたいことを言えるほどに心を許せるからだと思うのか。
選ぶのはいつでも、自分だ。
だから、いつでも、何度でも、そのことを思い出して、諦めないで欲しいと老婆心ながら、思うのだった。
