こんにちは shokoです

 

ブログを開いてくださり ありがとうございますm(__)m

 

 

 

腰痛に関して 先日接骨院の先生からのお話で ハッとしてことがありました

 

下記の記事の続編です

この記事では 

周りへ目を向けすぎるのではなく 自分へ意識を向けて自分の為に生きよう!

自分が望むように生きよう!

というようなことに気づかされた ということを書いています

 

 

そして新たに気づかされたこと

 

 

接骨院での治療が3か月ほど経ちますが

痛みはまだ少し残っています。。

 

先日先生とお話をしていて あれ?って思うことがありました

 

先生が

『1回のバキッとする施術がこんなに影響あるかなぁ』って。。

『日常の姿勢とかそういうのもあるのかも』と

 

私 あの時バキッとされたから だから腰が痛いって決めつけていたし

思い込んでいたし

あの整体師さんのせいにしてた!って。。

 

 

きっかけは確かに整体師さんの施術だったかもしれない

でもずっと『あの整体師さんが。。』って思っていた私

心の底ではあれが絶対原因って決めつけていた

 

その整体院を選んで行ったのは私というのは受け入れていた

(渋々だったのかも(笑)( *´艸`))

 

貼り付けたブログにも書きましたが

自分の人生 自分が望むように生きようってことに気づいた

 

もう一押し 現実が動かなかったのは(痛みが取れない)

『誰かのせいにしていた』ってことなんじゃないかな?って

今の私は思っている

 

あの人がバキッとしたから腰が痛くなって

私は今も苦しんでいる可哀そうな私って。。苦笑(>_<)

あの人の施術が悪かったから

だから痛いのは仕方ないよって 私悪くないって

ほんとはそう思ってたんだ(浮かんできた)

 

自分の日常の当たり前や癖 疲れない姿勢を撮れていたかとか

そういうところを顧みた事はなかった

 

 

そうやって 誰かのせいにして生きて

自分へ目を向けることなく 自分の行動は見ずに

私へのベクトルは1度も動いていない状態 (;'∀')

(だからと言って 全てが自分のせいだということではありません)

 

 

そうしていても 現実って変わっていかない。。

腰の痛みが取れないのもそれなんじゃないかって(。-`ω-)

先生のお話を聞いて思った

 

人のせいにしちゃだめって勉強をさんざんしたのに

それを根底に握りしめてやっていたってことに気づいた!!

 

わかる・知っているというのと 腑に落ちた ということの違いだと思う

 

今回の事だけじゃない

親とのやりとりもそう

そういうこと言われるから いらないこと考えて疲れちゃうんだよ 私!って

思ってた

 

そうじゃないよね

他者のせいにして 自分を見つめていないのって私だ!

じゃぁ そう思わないようにするには 私はどうしたらいい?って

ベクトルを自分へむけていかないと!

 

 

接骨院へ行ってからいろんな事に気づかされて

本当にありがたいなぁ~て 感謝の気持ちが溢れてくる♡

 

日常の当たり前に目を向けて 意識して

当たり前と思っている事をあえて『疑ってみる』ことをしてみようと思う(・ω・)ノ

 

私はどうしたらいいのか 徹底的に今 そこ なんだと思う

 

そしてちょっとずつ心にスペースが出来ている感じがしている

数か月前 ギューッてなっていて 心がシクシクしていたなって思う