ご質問をいただきました。
「死にたくてどうしようもないときはどうすればいいですか?
切羽つまってどうしようもないとき、
どうしたらいいのか、聞きたいです。」
という、難しいご質問です。
さらにその続きに、
「貴女さまご自身にあてはめてお答えください。
それによって死ぬの、思いとどまろうか、考えたいです。」
とありました。
困りました。
私の答え次第では、ご質問者の方は
世をはかなんでしまわれるのでしょうか。
そう考えると、お答えをずっと先延ばしにし続けたほうが、
その方が早まったことをされずにすむのではないか、
とも思ったのですが・・・。
それほど、煮詰まっておられて、
誰かの言葉を知りたいと思っておられるということだと
拝察いたしましたので、
お役に立たないかもしれませんが、
私の思いをお答えさせていただくことにしました。
ただそう書かれていることで気になったのは、
この方は「誰かの反応によって自分の行動を決めよう」とすることを、
いつもされているのではないか、ということでした。
すると、それが「生きづらさ」の原因に
なっているかもしれないと思ったのです。
つまり「○○だから、自分は△△になってしまう」と
思うクセがついていると、
なかなか世の中は自分の思うようにならないので、
いつも苦しくなってしまうのです。
ちなみに私も「死にたい」と思ったことがありました。
それは学生時代で、
「自分の出来が悪くて、周りの人の期待に応えられない」
と思ったときでした。
でもそれは、今思えば「苦しいから」ではなくて、
「死んだら、周りの人は期待をかけ過ぎたと反省してくれるだろうか」
という「見返すため」だったんですね。
後々、
「自殺の原因で一番多いのは、『見返すため』」
と読んだことがあり、「私もだ~f^^;」と思ったものです。
そのとき、私がどう乗り切ったかというと・・・。
「開き直った」のです。
「期待に応えられるほど成績が良くなくてもいいじゃないか」と。
そして実際に「できないできないできない!」と
言い続けていたら、諦めてもらえたんですね。
イヤ、実際に成績も上がらなかったですしf^^;。
そのとき、思ったのです。
「やれと言われたことができなくたって、
期待を裏切ることだって、
やれなかったら、それはそれで
何とかなってしまうこともあるのだ」
と。
それは、
「周りの人が期待をかけ過ぎるせいで、私がつぶれそう」
と、他人を主体で考えるのではなく、
「私はやらない。どんなに周りに期待されても」
と、自分を主体に考え、
「自分が自分のためにできること」を実践したこと、
といえるかもしれません、
それに、お恥ずかしいことなのですが・・・。
私は「もっと成績を上げないと」と
思いつめていたのですが、
後ほど周りの人に訊いてみたら、
「それほど強くは思っていなかったよ」と言われたのですf^^;。
私が一人で考え過ぎていたんですね。
早まらなくて、本当によかったです。
ご質問の方は、介護をされていて、
とても苦しいご様子ですので、
全く違う状況です。
私のように「開き直る」ということが
すぐにできることはないかもしれません。
けれど、「苦しい」「できない」と
自分の気持ちを周りの人に伝えることで、
何かが変わることがあるかもしれません。
そして「責任があるせいで」「やることがあるせいで」と
他のことを主体にする代わりに、
「自分は苦しんで生きるのではなく、喜んで生きるために、
○○をしたい」
と「自分のためにできること」を
考えてみることもしていただけたらと思います。
苦しさのレベルが深くていらっしゃるので、
「そんなことでは」と参考にならないかもしれません。
けれど、こうしてご質問をされたということは、
「もっと幸せに生きたい」
というお気持ちがあるからだと推察します。
ですから、
「自分を幸せにするために一つでもできること」
それを少しずつされてみてはいかがでしょう。
自分で自分の肩を揉むことや、
「私はよくやっている」と自分をほめること。
そういった小さなことでも、
自分の心がほっとすることをやることの積み重ねも、
「生きる楽しみ」になると私は思っています。
生きていれば、
そして自分で自分を喜ばせることをしていれば、
必ず未来は自分の心地いい方に変わっていきます。
「切羽詰まっているときこそ、自分を大切にする」
少しでもご参考になれば、嬉しいです。