「今、自分がここにあることは、奇跡の連続の上」
と思うことがあります。
先週なのですが、いつものように自転車で自分の店に向かい、
細めの道を進んでおりました。
そこは、1メートルもなさそうな歩道のマークがあるものの、
道幅が狭いため車もすぐわきを通ります。
歩道の上を走っているのですが、
歩道のマークの上に電柱が立っているところがあり、
そことお店のシャッターの間はけっこう狭いので、
いつもは車道のほうに膨らんで通っていました。
が、その日は車の量が多かったので、
シャッターと電柱の間を通り抜けようとしたら・・・。
電柱に自転車のベルがぶつかったのです!
そのままハンドルをとられ、
気がついたときは、バーンとシャッターにぶつかり、
自転車から落ちていました。
・・・。
@@;;
13年間この道を通り、
時々はこの間を通ることもあったのですが、
よもやこんなプチ事故に遭うとは・・・。
そのときに思ったんですね。
正直、人の体はもろいものです。
ちょっと強い力でこすったら、
すぐに皮が破れてしまいます。
強い力で当たれば、筋肉はつぶれ、
骨がやられることもある。
けれど、たいていの場合は、
ケガをすることもなく、生きていけます。
でも、ほんのわずかなことが起こるだけで、
こういった事故に遭うこともある。
では、ほとんどの時が無事でいられるのはなぜかというと・・・。
やっぱり、「護られているから」ではないかと、
私は思うのです。
自分の注意力だけでは補えない、さまざまなこと。
それから護ってくれる、「見えない力」。
きっとそれがあるからだとしみじみと思い出すことができました。
ちなみに。
なぜ、今回に限ってぶつかったかというと、
後日よく見たら、電柱に立て看板がくくりつけられて、
いつも以上に幅が狭かったんですねf^^;。
それと、ありがたいことに、シャッターにぶつかりはしましたが、
コートを着ていたので擦り傷もなく、
捻挫をすることもなく、
青あざくらいで済んで、仕事にも支障はありませんでした。
ありがたや~(-人-)
それに、ちょっと最近ボーっとして自転車に乗っていることが
多かったので、ちょっと気を引き締めるようになりました。
「お知らせ」だったのかもしれませんね。
普通に暮らしているようでも、護られている。
当り前と思っていることは、奇跡の連続の上・・・。
今日は、そんなことを想ってみるのはいかがでしょうか?^^
