退院して1週間。
昨日から仕事に復帰したけど
ゆっくりとした日々を
過ごしています。
相変わらず
いろんな頼まれごとはあるけれど
早くやらなくちゃは置いといて
ぼちぼちこなしつつ
體を休めることに努めております。
入院するにあたり
いろんな書類に
サインさせられたり
問診表に答えて行く作業が
あったのですが
その中で、
『あなたの趣味はなんですか?』
という質問があった。
しばし考えてみる…
が、何も浮かんでこなかった。
しばらく考えて『仕事』と書いた。
書いてみたら、なんかね
ものすごく哀しい気持ちになりました。
そんなことがあって
ベッドに横になりながら
SNSを流し見してると
この記事が目に留まった。
成功の頂点に君臨した。
他の人の目には、私の人生は
喜びが少ない人生だった。
人生の終わりには、
富など、私が積み上げてきた
人生の単なる事実でしかない。
病気でベッドに寝ていると、
人生が走馬灯のように思い出される。
私がずっとプライドを持っていたこと、
認証(認められること)や富は
迫る死を目の前にして
色あせていき
何も意味をなさなくなっている。
この暗闇の中で、
生命維持装置のグリーンのライトが
点滅するのを見つめ、
機械的な音が耳に聞こえてくる。
神の息を感じる。
死がだんだんと近づいている…
今やっと理解したことがある。
人生において
十分にやっていけるだけの
富を積み上げた後は、
富とは関係のない他のことを
追い求めた方が良い。
それは、人間関係や、芸術やまたは
若い頃からの夢かもしれない。
終わりを知らない富の追求は、
人を歪ませてしまう。
私のようにね。
神は、誰もの心の中に、
富みによってもたらされた幻想ではなく
愛を感じさせるための
「感覚」というものを与えてくださった。
私が勝ち得た富は、(私が死ぬ時に)
一緒に持っていけるものではない。
私が持っていける物は、
愛情にあふれた思い出だけだ。
これこそが本当の豊かさであり、
あなたとずっと一緒にいてくれるもの、
あなたに力をあたえてくれるもの、
あなたの道を照らしてくれるものだ。
愛とは、何千マイルも超えて旅をする。
人生には限界はない。
行きたいところに行きなさい。
望むところまで高峰を登りなさい。
全てはあなたの心の中にある、
全てはあなたの手の中にあるのだから。
世の中で、一番犠牲を払うことになる
「ベッド(賭け)」は、
何か知っているかい?
シックベッド(病床)だよ。
あなたのために、
ドライバーを誰か雇うこともできる。
お金を作ってもらうことも出来る。
だけれど、あなたの代わりに
病気になってくれる人は
見つけることは出来ない。
物質的な物はなくなっても、
また見つけられる。
しかし、一つだけ、
なくなってしまっては、
再度見つけられない物がある。
人生だよ。
命だよ。
手術室に入る時、その病人は、
まだ読み終えてない本が
1冊あったことに気付くんだ。
「健康な生活を送る本」
あなたの人生が
どのようなステージにあったとしても、
誰もが、いつか、
人生の幕を閉じる日がやってくる。
あなたの家族のために
愛情を大切にしてください。
あなたのパートーナーのために、
あなたの友人のために。
そして自分を丁寧に扱ってあげてください。 他の人を大切にしてください。
これは、スティーブ・ジョブズの
最後の言葉。
巨万の富を築いたわけでもない私だけど
グッと胸に迫るものがありました。
『自分ファースト』
周囲の期待や常識よりも、
自分がどう感じているか、
姿勢を指します。
ジョブズの言ってることは
本当にそうだと思うのだけど
彼にとって、たぶん仕事も
楽しかったんだろうと思うのです。
社会に表現を通して
自分を魅せることができるのが
仕事だから。
ただ、自分自身の體の声や
いつも支えてくれる家族や
友人たちの存在が当たり前のように
感じていたのかもしれません。
難が起きて初めて
そのありがたみに気がつく。
何事もバランスというものが大事。
仕事を優先し続けたジョブズも
お金のためだけに仕事に
没頭したのではないだろう。
それも、ある意味
自分ファーストだったのだろう。
だけど、病気になって
それまで見えてこなかった景色が
見えたに過ぎない。
私たち人間は、
多面的な顔を待ち合わせている。
すぐに手術しますとなった時
医者から手術の重要事項について
説明を受けるのだけど
こんなリスクがありますよという旨の
説明を一通り聞かされて思わず
『先生、私を殺さないでください』と
懇願していた。
今回の手術は全身麻酔。
ふと30年前に亡くなった
紋次郎のことを思い出した。
紋次郎は私が一人暮らししていた時に
飼っていた兄妹猫の兄の方。
紋は、尿道結石になり
具合が悪くなると
私の膝に乗り、お腹を見せて
ゴロゴロと喉を鳴らすのだ。
それはお腹を撫でて欲しいという
サインだった。
病状が悪化して手術する際、
麻酔が強すぎて
ショック死してしまった。
私の目の前で起きた突然の出来事。
その日はSMAPのコンサートで
午後から出かける予定だったが
あまりの悲しさにコンサートをキャンセルした。
医者は何もできなかったことを詫びたが
それで終わり。
医者も人間。
間違うことだってある。
そこまで、放っておいた
私にも責任がある。
誰かを責めたところで、
紋は還ってこない。
そんな経験が脳裏に浮かんだ。
翌朝、目が覚めて
あー、生きてる、よかったと安堵した。
しばらくして
冷静になったとき
自分自身を俯瞰してる私がいた。
自分を大事にできなかった
私自身を責める私。
昔の私なら、
自暴自棄に陥るシチュエーション。
でも、今回は違った。
冷静に、俯瞰する視点。
そして、受容するスペースがあった。
瞑想の学びが役立ったと思った。
同じ間違いを何度してもいいんだ。
その経験がなければ
気がつかないこともある。
體から出てきた石を眺め
自分の我慢強さにも感服した。
我慢しなさいと言われ続けた結果がこれ。
そう、何事もバランスが大事。
私には仕事以外にもやりたいことがある。
そんなことを思い出す機会を
与えられ、天の神様に感謝だ。

