こんにちわ。
オーラソーマサロンAQUA”
米沢英巫です。
柳津虚空蔵尊・ご開帳
さあ、昨日は両親と一緒に
柳津虚空蔵尊はお詣りに出掛けてきました。
ちょうど善光寺一斉御開帳中。
御開帳情報、2月に行った時にチェックしてた✨
本来ならば善光寺へ行きたいところだけど
行けるようなら行こうかなと思っております。
立派な回向柱。
五色の襷のような布が
阿弥陀如来様まで続いていて
願掛け出来るようになっています。
こちらはいつも配慮がなされていて素敵だなと思う![]()
いつも華やかに設てある手水舎。
五色の幕がいいですね。
境内の桜やボケ、ハナモモがきれいに咲き誇っております!
御開帳を祝うように![]()
秘仏となっている阿弥陀如来像
その脇に観音菩薩様と勢至菩薩様がいらっしゃる
黄金のお姿がまぶしかったです。
手に擦りこむようにして使うお香の香りも心地よく。
正面の虚空蔵菩薩は33年に一度のご開帳なので
まだまだ先とのこと。
脇には恵比寿様と大黒様のお姿も。
古より信仰が続いているって本当に不思議です。
人間の営みって、時代が変わっても
そう変わらないものなのかもね。
お昼は東海亭のウナギ!
やったー!
たまには美味しいもの食べるのもよし!
ここまで来たからということで
午後からは奥州三十三観音の
札所によってみることにしました。
奥州三十三観音第二十番札所・遮那山長谷寺
坂上田村麻呂にまつわる観音様が多いのですが
こちらもその一つです。
奥州七観音にもなっています。
天平宝字6(762)年に創始されたといわれる
宮城県登米市中田町にある天台寺門宗の古刹。
寺伝によると、鎮守府将軍藤原氏がこの山に登り
周辺の展望に感動して山頂に笏を埋め
後に釈道上人が登って山頂を遮那山と命名し
加賀より白山権現を勧請して法誓寺を建立。
その後、坂上田村麻呂が大同2(807)年に
大和国初瀬山長谷寺を勧請。
こちらが観音堂です。
十一面観音様が祀られております。
手前の大きな桜の木は遮那桜🌸
義経お手植えの桜なのだとか。
御朱印をいただこうとお寺の方へ寄ったのですが
誰もいなくて、車に戻ったところ
お寺の方とおぼしき方が戻られたので
もう一度引き返して御朱印をいただきました。
対応してくださった奥様がとても良い方で
いろいろお話を聴かせてくださいました。
こちらのお寺のご本尊は不動明王様だということも
奥様が教えてくださり、酉年の私、守り本尊が
お不動様で三十六不動もまわっていると
お伝えするとよかった見ていきますか?と
いうことで、お堂へ上げていただきました。
奥にお不動様が鎮座。
手前には大きなお社があります。
明治の廃仏毀釈の時に小牛田の山の神様から
お守りしてほしいと譲り受けたものだそうです。
神仏習合から一変、神と仏をわけ、多くの寺や仏像が
廃寺となったり、焼かれたりしたという歴史。
しかしながら、これまで信仰してきた仏様を
粗末に扱うことができなかったのでしょうね。
中には観音様と女性の仏様。
コノハナサクヤヒメが山の神様のご祭神だから
サクヤヒメなのか?
こちらは役行者。
これもまた古いです。
そしておまけにもう一つ見せてくださったのがこの石。
庭の土の中から出てきたのだそう。
それまで何度も骨折することがあったのに
これを掘ったらピタっと足を痛めることがなくなったと。
昔話のような不思議なお話を聞かせてくださいました。
奥様のお話だと昔は四十八坊もの寺があり
一大霊場だったようで
奈良の長谷寺、鎌倉の長谷寺とともに
日本三大長谷寺と並び
たくさんの信仰をあつめたそう。
御開帳はいつなんですか?と尋ねると
なんと来年がその年にあたっているそう❣️
楽しみがひとつ増えました💕
来てみて本当良かった!
小牛田の山の神神社も霊験あらたかで
うちの実家の方でも近所の方々と講を作って
毎年お詣りしていたっけなぁと思いだした。
人の心、信仰心。すごいね。
奥州三十三観音第二十三番札所・太白山長承寺
弘仁元(810)年に慈覚大師円仁が奥州巡錫の際に
草庵を結び、しばらく逗留して千手観音菩薩の座像を彫刻、
お堂に安置したのがはじまりと伝わります。
一山すべてが完成したのは嘉祥2(849)年
円仁の後継である慈円律師の代。
その際に天台宗補陀山観音寺と号す。
後に衰退するも、永禄2(1559)年
天台宗から曹洞宗に改宗、大白山長承寺と号します。
お寺に鳥居があるってちょっと不思議です。
これも神仏習合の名残なのかしら?
三色の桜の木!めでたいね!
三本杉がインパクトあります!
立派なお堂。
人はいないけどお堂の扉は開いていて
観音様を遠目に拝むことができました。
こちらがその千手観音様
お堂の左脇に子安観音様も祀られていました。
地元の人々の拠り所として
大きな役割を果たしてこられてのでしょうね。
奥州三十三観音を廻るようになって感じることは
仙台はまだ400年くらいの歴史しかない若い街であるということ。
伊達家の前に栄えていた国分氏や葛西氏などの名前も
こうして回っているとよく目にします。
その周りにある名取や塩釜、多賀城
県北の町々の方が歴史が古く、
知られざることがたくさん隠されていて
おもしろいのです。
これから新しい試みとして
コミュニティを発足する予定です。
詳細が決まりましたらお知らせしますね。
今日も最後までお読みいただき
ありがとうございました。


















