大手企業を辞めて、初めて思った。 | Heart

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『後悔しない選択、
穏やかに心豊かに生きる。
私を大切にしよう。』
まあまあいい感じだなあと過ごしていたら、アラカンになり『子宮体がん低分化類内膜がん』と診断され、派遣解雇になったおひとり様の現在のブログです。

大手企業に勤めていた時、

時代の波に漏れず、日本企業だったのが、部分的に外資系の企業になった。私はそこへ転社した。

当時の私の年齢の前後世代は、退職上乗せ金みたいなものが支払われる条件があった。私の世代には無く、新しい会社へ呼ばれた。つまりお金は用意しないけれど仕事はあるよ、ということ。


外資系企業になったタイミングで、システムの老朽化問題もあり、入れ替えに、国産では無く

外国人設計の日本企業に合わないシステムが導入された。



特に私の部署は最悪だった。

不適合も不適合。

そのシステムは頻繁にダウンするし、三十分で終わっていた作業が3時間ぐらいかかった。


故に、お客様ニーズにお応えするために、ほとんど手書き、マニュアル作業、できるだけ人を注ぎ込んだ。人が注ぎ込めない時は、私がヒタスラ残業をするしか無かった。


気づいたら、1日に連続22時間働いていた。休憩無し。トイレに行くだけ。食事は自販機のパンらしきもの。もちろんかじりなが仕事を続行。間に合わないのだ。


この状況は、所長にもどうすることもできなかった。


ある時、私に思いがけない人から電話が経由され架かってきた。


後で、知ったのだけれど、

取締役からだった。


私の上司である所長に、

ある件について、選択肢つきのメールを送ったのだ。


協力会社に所長が説得するか

システム入れ替えの責任者が説得するかと。


所長は後者にメールを転送したらしく私に後者から電話が架かってきた。それが、後で知ることになる取締役だったのだ。

そう、協力会社の上層部とのメールのやり取りが私のメールにも入ってきたのでわかったのだ。


私は、この一連の流れに、

一従業員が、知らずに取締役を動かしてしまったことに、

情けない会社だと思った。


まあ〜兎に角

生活が乱れるどころか、

自宅に帰った時の、物の位置がおかしかった。例えば、靴下が玄関に脱いであったり、食べたものが片付いていなかったり、、、。全て、寝落ちして目覚めるとそれらの記憶が無いのだ。

何故、そうなっているのか。

身体も限界だった。


退職することを考えていた。




現在、介護施設で働いているが、事務所や組織に対して、一般的ではないと衝撃を受け不愉快な事ばかりで、その内容などを飲み込むことが多い。


介護業界独特な組織なのか?

いいえ、組織機能は無い。



ブラック企業化していた前職は、かなり困ってはいたが、今思えば、仕事をやるうえでの自由はきいた。自分で決められ、自分で攻められた。私が、悪いという妙な飲み込みは無かった。


今は、わからないだらけの事務所員とエベレストなみのマウントを取りたいある部長、バラバラな、理不尽を飲み込み日々。


ブラック企業化した部署は、私の身体崩壊前だったけれど、

理不尽を飲み込みことは無かったかな?

ガンガン発言出来ていたので、

ある種のストレスは無かった。


時間が沢山経ったから言えること😁


ある種、あの頃は自由だった。






でも、

今は、

何を言われても

立ち止まっている時間は無い。

気にしている時間は無い。


私は、前を見て歩いて行くだけ。


知るか😤

理不尽な奴ら❗❗