パートナーを探す時に捨てるもの | 自分を好きだと叫びたい!〜日常をこよなく愛してみる・足もと日記〜

自分を好きだと叫びたい!〜日常をこよなく愛してみる・足もと日記〜

良い子を目指して生きてみたけど、やっばりできなかった私の話。

「ああそうだ、ただ愛されたかった」と、受け入れたら見えてきた『足もとの幸せ』を発見する日記。

やっと心から、笑えてます。

何のことはない。とっくにそのまんまの私が愛されていました。

たぶんね、これ捨てると見つかると思う。

 

という体験談を書いておこう。

 

 

今日も良い天気だね。足元エッセイストたわですブタ 

 

 

「何事も、答えは足元に埋まっている」という持論。

 

 

 

さて。

 

パートナー欲しいですか?

白馬に乗った王子さまに出会いたいですか?

 

 

 

 

「私なんて、どうせもう無理やで。人生オワコンやもん」と、燃え尽きていた去年の秋。

 

 

仕事も恋も、将来展望も、ついでに友達もなくして灰と化していた。

 

 

残ったのは、ローンと両親とひたすらな焦燥感。

はやく人生終われと思ったわ笑

 

 

 

まぁでもね。

そこまで思うと、もはやどうでも良いのよね。大概の事がどうでもいいんだ。

 

 

 

 

んで、やったこともない外の仕事に出た。

 

体力ないくせにブタ 

 

 

 

 

 

 

そしたらね。

 

そこって、特に密な人間関係があるわけでもなく、

きっちり仕事を仕上げなければならないわけでもなく、

きっかりした時間で動くでもない…

 

という、なんともゆるゆるな環境だったの。

 

 

 

そういう場にいるせいか、

そこで働く人たちは、私から見るととても大らか。

 

 

 

大抵の事には笑っていた。

「大丈夫ですよ」って、いつも言われてた。

 

 

 

 

先輩にくっついて走って、息が切れて、見上げた空はいつだって広かった。

 

image

 

 

包まれるように青空が広がっていた。

 

木の枝の手招き。

 

流れに身をまかせる雲。

 

のどかな鳥のさえずり。

 

 

 

 

 

 

 

 

ただただ、与えられる開放感。

 

ただただ、息を切らせて毎日を追いかけてた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが楽しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

心臓が踊る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれだけ自分を狭めていたか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

肌が教えてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝が来る。

 

 

日の下に身を晒す。

 

 

吹きぬける風に気遣われた気がした。

 

 

汗でしめった体。

 

 

乱れる呼吸。

 

 

日が暮れて、影が伸びる。

 

 

心地よく疲れた体。

 

 

湯船でふやける感覚。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全てが楽しかった。

 

 

 

生きている感覚が楽しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

それだけでもう、十分だと思ったの。

 

 

 

 

 

 

生きている感覚を味わえただけで、もう生まれた甲斐があるや。

 

 

 

 

 

 

 

今日死んでも、なんにも悔いない。

 

 

 

 

 

 

そう感じた。とても満足したの。

これまでが帳消しになるくらい、本当に素敵な時間を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてね、

「◯◯が欲しい」「もっと◯◯だったらな…」って、考える事も忘れてた。

 

 

 

 

 

 

あの時の私は、何も願っていなかった。

 

 

 

満ち足りて、なんの不足もなかった。

 

 

 

実際には、稼ぎは少ないし、現状何も変わっちゃいなかったんだけどもね。

 

 

 

 

 

「何も増えなくっても、生きてるじゃん」

 

 

そう実感した。

 

 

 

 

 

 

 

与えられるものを楽しんだ。

それだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

大人とか子供とか、

男とか女とか、

社会人とか落ちこぼれとか、

何ができるとか、

何ができないとか、

 

 

 

 

 

私がジャッジしてきた自分を忘れた時期だった。

 

 

 

 

 

初めて本当に私を認めた時期だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そうしたら、目の前の人をいつの間にか好きになっていたんだよ。

 

 

 

 

 

 

自分にぴったりなパートナーと引き合う条件

 

 

 

 

 

それは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分が作り上げた

 

『私』という概念を捨てる寝る

 

 

 

 

 

ことなんではないか…、と思う。

 

 

 

 

 

 

感覚でいうと…

 

例えば、女性らしくという型を捨て。

社会人としてキチンとしなければという前提も、ぶち壊し。

人に優しく、というモラルもうっちゃり。

どう見られているか、と鏡を見ることもせず。

 

 

 

 

 

 

 

無人島感覚になるブタ 動植物しかおらんがな

 

 

 

 

 

 

 

のが、いいんではないかとブタ ←無理だろw

 

 

 

 

 

 

 

スッポンポン感覚になると良いよブタ ←まだ言うかw

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょっとヌーディストの気持ちがわかるから。←目的を変えてきたw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ありのまま、あるがままを認められたい。受け入れて欲しい。

 

そういう原始的欲求はさ、こっちも原始的に行きゃぁいいんだと思うよ。

 

そもそも服着てなかったんだからさ。

 

そもそも潜在意識繋がってて、やろうと思えばいつでも中身丸わかりなんだからさ。

 

みんなトゥルーマン・ショーなんだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まぁ、これが正解でもないだろうけど。

私的には、一番腑に落ちた出来事だったよ。

 

 

引き寄せの法則ってやつで、『すでに叶った状態になる感覚』がわからない人は、

試してみてもいいんじゃないかな?

 

 

 

どんな願いでも、削ぎ落としていけば「満足」を味わいたいがためだからさ。

 

 

 

 

天気も良いし、ヌーディスト日和だねブタ ←だから違うだろw

 

 

 

 

 

余談だが。

私はこの季節、お家でスッポンポンタイムを儲けているよ。←聞きたくない情報

だから呼び鈴には出ないブタ 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日のエネルギー

 

ひらすらな開放感