ずっとずっと、強がってた。 | 自分を好きだと叫びたい!〜日常をこよなく愛してみる・足もと日記〜

自分を好きだと叫びたい!〜日常をこよなく愛してみる・足もと日記〜

良い子を目指して生きてみたけど、やっばりできなかった私の話。

「ああそうだ、ただ愛されたかった」と、受け入れたら見えてきた『足もとの幸せ』を発見する日記。

やっと心から、笑えてます。

何のことはない。とっくにそのまんまの私が愛されていました。

どうも、足もとエッセイスト たわです(๑╹ω╹๑ )

年末年始から、ちょいとせわしくしておりました。久々やな、ブログ
 
 
 
 
さて。
どうにも子供ってヤツは、母親の感情や信念に振り回されるもんですね
 
 
まぁ、それもそのハズで。
 
そもそも、まずは母親にギフトするために生まれてきてますから、仕方ありますまい。
 
 
「自分が生まれることで、喜んでくれる!」
 
そんな期待と幸福感を抱いて、生まれ出てくるわけです。
…あ、これは以前、ヒプノセラピーをしていた頃に体験したこと。
すべてではないにせよ、大概の方がこうした気持ちを追体験(思い出す)されていましたね。
 
 
 
て、ことで(= ̄ ρ ̄=) 
 
親の良きに計らおうとする生き物。
それが子供。
 
 
 
 
 
 
 
とは言え、その子供もいずれ大人になります。
 
 
 
 
 
親になりもする。
 
 
 
 
 
私は親になってませんけどもね
 
 
それどころか、独り立ちも満足にできちゃいない。
非常に情けないなぁ…と、常々コンプレックスでした(。・・。)
 
 
 
 
 
そのコンプレックスの裏には…
 
・ 恩返しをしなくてはならない。
 
・ このままではいけない。
 
 
 
 
 
つまり。
 
 
 
 
 
今の私じゃ、親に認めてもらえない
 
 
 
 
 
て気持ちが、セッティングされていたんだね。
 
 
 
 
 
「喜ばせようと思って生まれてきたのに…心配かけてばかり…」
 
 
そんな『しょぼ〜んな気持ち』が、自己評価を下げまくる
セルフイメージと言い換えてもいいでしょう。
 
「いや、私は親なんか関係ない」
「イイ歳なんだから、今更親の評価なんて気にしてない」
 
と、思ってました。
 
 
 
 
んが!
 
 
 
『切っても切れない、親子の縁』ってのは、このことですよ。
 
 
歳とろうが、死別しようが、実の親ではない人に育てられようが、揺るがないの。
たとえ親の顔を知らなくてもね。
もうDNAの問題なのね、きっと。
 
 
人の目が気になってるんじゃない、それによって親にどう思われるかを気にしてる。
世間の目とかカモフラージュにすぎない。それによって親にどう思われるかを気にしてる。
 
 
ここに反発したって意味がない。
本能だから。
標準搭載されてるんだもん。
 
 
・親が嫌い→親が自分を愛してくれない、もしくは愛してくれているとは感じられないから『嫌い』
 
・親なんて関係ない→親が自分に関心を持っていない、冷たい、もしくは関心を持ってくれているとは思えないから『こっちだって関係ないやい!』
 
・軽蔑する→自分に対する親の態度が正視できない。耐えられない。または、そんな親の生き方は悲しすぎて見るに堪えない。自分にはどうしようもできないので、見たくない。から『軽蔑して、少しでも意識の外に出そう』
 
・特に何も思わない→もういろいろ限界で、親の存在を忘れてしまいたい(ほどに傷ついた。)。
 
 
大まかにあげると、こんなところかなぁ?
 
 
 
 
 
 
気が付きたくないんだよね。
 
 
 
 
自分の腹にある本心って、だいたい気が付きたくない。
多くの場合、グロテスクで痛々しくって耐え難い悲しみだからね。
 
いつもイライラしてる、なんて時は悲しみに満ち満ちてるのに一生懸命自分を顧みないようにしてんだよね。
 
過去の私だけどもね
 
 
繰り返すけれど、すべての人に当てはまる、なんて言わないよ。
 
生物は常に可能性に満ちているからね。諸行無常が常だ。
どんな瞬間もゆるやかに進化しているし、可能性は拡大し続けている。
何事においても、100%はまずありえないよね〜。
 
 
 
 
 
ってことで、本題に戻ろう。
 
 
 
 
えっとね、まぁ腹のドロドロっちゅーか…
 
「側から見たら充分に恵まれてるんだろうけど、私は親に対して悲しいんだ」
 
と、受け入れたときにさ。白旗あげてさ
 
 
仕方ないよ。
喜怒哀楽は、相対的なもんじゃないもん。
自分のジャッジだから。
 
私の喜びは、私が決めるもの。
私のかなしみは、私が決めるものなの。
 
だから、「充分に恵まれてるでしょ!?」と言われたって、片腹痛いわけですよ。
 
 
 
 
やかましいわ、黙っとれ外野ぁ!
 
と、思って良いワ━ヽ(*´Д`*)ノ━ィ!!!!
 
言っちゃうと人間関係がきっと、面倒臭いことになるので思う程度にしておく
 
 
 
喜びも悲しみも、想像はできても同じには感じられない。
感じ取る感性は、その人のものだ。
 
 
 
あ。また話逸れた
 
ま、そんで。
 
 
 
 
 
悲しい自分に納得しちゃったらさ、
 
 
 
親の前で演じてる自分に気がついたんだよ。
 
 
 
子供の顔してる自分。
 
しっかりしようと弱いところは、見せないようにしてる自分。
 
 
 
 
 
…肩肘はってたのは、母ちゃんの前でだった。
 
 
 
 
そんな自分がね、急に『しょんぼりした大人』に思えた。
 
 
家族の前が素だとは、限らないんだねぇ。
 
 
 
気がついたきっかけは、今付き合っている彼のおかげ(。・ω・。)
 
…ちょと長くなるから、次回書こうかな。