
どうも、足もとエッセイスト てくてく たわです(*´w`*)
ここ最近は、文字通り足もとに集中して地道〜な日々を送ってました。
何が快で、何が不快か。
今楽しいのか、楽しくないのか。
イラッとした気持ちの裏にあるのは、どんな記憶なのか。
一つ一つの感覚の根っこを追うのは、結構集中できるようです。
気がつくと時が経っている…(*・艸・)

側から見ると、すごく怪しいだろうなぁ

今ちょっと、先輩の職場で人手が足りないって事で…お手伝い要員してるんです。
んで、外のお仕事もして、休日が無くなってるのね。
そんな中、時折イラッとした感情が胸を過ぎるのですよ(。・・。)
概ね…9割は妄想で一日中楽しんでるんですけどね(*・艸・)
ええ、怪しいですけど、ほっといてね



どこでイラッとするかと言うと…
帰宅して、母ちゃんが私の世話をしようとする時。
…人として、どうかと思うんだけどもね



「なんでかなぁ?」て、そのイライラを紐解いてみたんですよ。
① 自分でできるので、母ちゃんは母ちゃんで寛いでいてほしい
② 気を使われると私もリラックスできない
③ 気を使っているようでいて、それ母ちゃんのペースなんちゃう?
④ そういえば、小さい頃もそうだった
⑤ 私のペースは、無視される。いつも母ちゃんに合わせないと怒られる。
⑥ 諦めとペースを合わせる面倒くささ。
これが、イライラの正体でした(。・・。)
疲れてるからじゃなかった



小学生のころにね。
夏休みの間、洗濯を頼まれたの。
「ママが帰ってくるまでにね」て、言われたから…夜に洗ったのよ

…今思えば、朝洗って干せよwて思うんだけど。
小学生の私の『洗濯定義』は、『洗濯機回して脱水まで』だったの

当然母ちゃんとしては、『乾いて取りこむ』までが定義だから、ガンガン怒られるわけ。
だけど、そこまでを洗濯と呼ぶとは理解してないから、なんで怒られてるのか分からない。
あのとき私が理解しものといえば…
任されてるんじゃなくて、コピーロボットって事か…
という、落胆だった。
信頼されてない、
理解できない、
苦しい、
私という人間ではダメなのか…
そんな気持ちが、ない交ぜになった感覚を覚えてるよ(。・・。)
でも、これって子供のときの気持ちなのでね。
しかも誤解だよね。
思い込みっちゅーか

もうエエトシんなった私には、解消できるわけですよ。
「大丈夫、全部できるから(*´w`*)
母ちゃんも休んで。
その方が私も、気楽で良い。
ご飯作ってくれて、ありがと。」
こんだけ

「なんでそうなの?!」
「どうしてあの人は!!」
て、他人にイラついてた頃もあったなぁ。
理解できなくて怒っちゃうんだよね〜

今は昔、の話と言いたい
←まだ偶にやっちゃう
←まだ偶にやっちゃう
実にナンセンス。
せめて、言えばいいじゃんね

「どうしてなの?」
「なんでなの?」
て。
アッチにゃアッチの、正しい理由があるもんだ。
それに正しいなんてもんは、妄想だしね。
ただ理由があるだけ。
各々のね。
反感持つのは、自分の記憶がフィルターされてるだけ。
私を傷つけているのは、私の記憶。
いつだってそう。
…まぁでも腹立ったら、とりあえずやり返しはするけども(*・艸・)
人間だからね
←結局かい
←結局かい
落ち着いてきたら、内部観察するからさ。
降りかかる火の粉は、払うよね。
これは生存本能ということで、私は正当化する



でね。
そうやって怒っちゃう時にさ、肩と背中に力が入ってるのよ。
「ああ何だか…私いま、強がってるんじゃないかな?」て思ったの。
普通の状態だったら、力入らないよね?
イラっとして、怒っちゃったりして、私はまだ「私を分かってもらえてない!」て怒ってるんやろか?
なーんか…なんかな

て、そんな自分が可愛く面白く思えて、帰り道に笑っちゃったんだ。
で、やっぱりさ…。
あの頃の母ちゃんも、親であることに一生懸命だったし。
私も、自分がどうしたら良いのかわからず、一生懸命だった。
お互いにポジションと本質の狭間で、右往左往していた時代だったな…て。
だからどうって訳でもないけど、そんな当たり前のことに気がつくのも…
案外、キーポイントなんじゃないかと思うんだ。
在るものは、在るがままにってね

今日のエネルギー
ほんのり幸福感

