だから私は、ウソを吐く。 | 自分を好きだと叫びたい!〜日常をこよなく愛してみる・足もと日記〜

自分を好きだと叫びたい!〜日常をこよなく愛してみる・足もと日記〜

良い子を目指して生きてみたけど、やっばりできなかった私の話。

「ああそうだ、ただ愛されたかった」と、受け入れたら見えてきた『足もとの幸せ』を発見する日記。

やっと心から、笑えてます。

何のことはない。とっくにそのまんまの私が愛されていました。

今日はクタクタの足もとエッセイスト てくてく たわです






いつもながら唐突ですが、私は嘘をつきます(。・w・。)きらり



どうでもいい嘘が多いです。




小学生のときは、ばーちゃんのばーちゃんがクリスチャンだと言ってみました


教会に憧れていたのです
ステンドグラスが好きなんですよ。







今も「若く見られるでしょー?」という言葉に「どうですかね〜?」とウソを吐きます


実際は少しばかり若く言ってもらう事が多いですが、その話の行く先に興味が持てないので広げません←わがままw







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うちの母ちゃんは昔から、くだらない嘘にもイライラする人です。



私はそれに疲れます




中学生くらいのときだったかなぁ…?






母ちゃんの職場に『嘘つきな女の人』いました。


「前の会社の退職金が2000万円あったので、それでマンションのローンを完済した」と話したそうです。




















良いんじゃないですかね(*´w`*)?




と、思いました。

おめでたいことだと思います
素晴らしいじゃないですか?






母ちゃんは言いました。









「絶対ウソ!

前の職種で、そんな退職金あるわけない!」



と。















何この話題(*´w`*)?




と、私はイラっとしたんです






その人の真実が何であろうと、母ちゃんに関係ありますか?


常に正直に生きなければ、なりませんか?


その推察が当たっていたとして、母ちゃんは何を得るのですか?





もの心ついた頃にね。

イジメに会いました(*´w`*)


イジメられてる、と言いませんでした。
自分が人より劣っていることを認めてしまう上に公に晒すなんて、切腹のがマシだと思ったからです。
小2の頃でしたね。






『私は、イジメられていない。彼らの構い方が特殊なだけだ』



私は、自分にもウソを言い聞かせました。



母ちゃんは『他人さまの迷惑にならないように』と、私に教えました。



人より劣る存在が私であるなら、それはもう生存が迷惑という事になるんですよ。








自分にもウソを吐かないと、

生きてなかったですよ。





余談ですが、イジメられっ子を追い詰めるのは、イジメっ子だけじゃありませんよ(*´w`*)



よくよく、広く、その子の周囲を見聞きしてあげて下さい。



親御さんが気づかないというパターンは、親子関係の何かが誤認されている可能性があります。



「そんなつもり」も「こんなつもり」も、子どもに判断はできません。

できないから、子どもなんです。





口に出していない『伝えるべきこと』が、自分の中に残っていないか…。


子どもに伝えた後は、見直しをお願いします







さて、話を戻します










『本当』なんてもんは、当事者以外がとやかく言うんじゃねぇ。


憶測は結構。
好奇心も人間らしさだからね。


ただ、やすやすと口挟んで正義ヅラするなら、肋骨おられる覚悟くらいはしてますよね?








それが私の意見です。


やや戦闘的ですあいすいません。








というか、本当に真実を求める人は『相手の言葉』を頼りにしませんよ。

観察するでしょ。











それとね。





常に正直だったら、もう天使ですから(*´w`*)


この世にいる必要ないやん、たぶん極楽浄土行ってるつーの。






って。









今はもう、その手の話だと聞いてるようで、聞いてません





私にとっては、コトの審議よりも会話が楽しいかどうかの方が、よっぽと重要です。



グッドニュースを聞かせて下さい

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今日、ひさびさに会った男性が「俺、天皇陛下に会ったことあるんだよ!」て言いました(。・w・。)





『そういう関係を作れそうな方』と感じさせる外見でもないし。

いつもお酒飲んでガハガハ笑ってる人ですから、心底びっくりしました



人には歴史があります(。・w・。)



今がどんな風に見えていようが、外から見てる私にオジサンの全てがわかるはずもありません。


当たり前です。



だから、私はそれを『真実』と思いました。




仮に作り話でも、別に良いじゃないですか?




これにイラっとするとしたら、それは単に私のコンプレックスですよ



本当に会ったことがあるかも知れないし、


オジサンの中の真実かも知れない。


少なくとも「そんな俺が良い!」と思って話してるんでしょうから、その衝動と気持ちは真実ですよね?



本当だったら、素敵な話ですよっ





何か悪いこと、ありますか?


私には、楽しいことしか、ありません



















私はウソを吐きます。


私は真実も話します。





何も悪いと思っちゃいません。



肝心なところが正直ならば、それでいい。




良い話をしようが、くだらない話をしようが、最終的には『その話の意図が真価』ですし。


…ま、それは『肝心な場面』での話。
普段からそんなこと、意識してませんけどね









 

あ、そうそう!


建築をよく見てください(。・w・。)


必ず『遊び』と呼ばれる空間が、あるのです。



これはね、キッチリ造りすぎると後年の軋みに家が歪むから、その分ゆとりをとっているんです。


私、これ好きなんです(*´w`*)

この発想!
このゆとり前提の発想が、好きです。










いわば、ウソは『(建築でいう)遊び』です。



私たちの人生の軋みに対応してくれるんですよ。




そういう点で言うと、母ちゃんはいつも大変そうです(*´w`*)


それが好みなんだろうなぁ〜、と私は別に何もしません。



相変わらず、嘘も吐き、真実も話し、他人さまの審議に関してはほぼ無関心です





ごめんね、ごめんねー