私のココロを守れる距離感 | 不登校・登園拒否の対応への奮闘を経て学んだ、私自身のしあわせな在り方日記。

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思えば昔から
傷つきやすいところはあったなぁと


思い返すと感じる。


まぁ親の影響も大いにあるとは思うし
根本の自分に自信がなく、
自分というものを長年知らなかった影響もあるとは思うけど。


人付き合いについてはもう永遠のテーマ的に
悩まされてきた。


小さい頃
なにか問題が起きたときに親に話したとき


「あんたがなんかしたんじゃないの?」と言われ続けて、『悪いのは全部自分のせい』という意識を刷り込まれたせいか


そのクセは未だぬけず


それも悩みが長引く要因の一つでもある。


だけど最近になって
「内向的」
「ADHD」
「HSP」
などの特性は


もともとの気質であるということを知り
ずいぶんと心が軽くなれた。


あぁ、私が悪いわけじゃなかったんだ。と
自分を責めるクセを
少しずつやめることができるようになってきた。


だけどそれでも
人との関わりがある以上


やっぱり傷ついちゃう出来事は起こるわけで。


未だ
距離感をさぐっている最中。


どうやら人に期待を持ちはじめると
「問題」になるようで


かといって誰かと何かを「共有」「共感」したいという気持ちは、無視したくない。


まだその心地よい中間地点が見つけられてないけれど


やっぱり最終的には
自分のココロを大事にしてあげられるのは自分しかいないと思っているので


私らしくいられる距離感ってどんなだろう?と
たまに傷つきながら、学んでる。


とりあえず最近しているのは
「ママ友との距離感」


距離が近くなりすぎちゃって、
近くなりすぎたら言いたいこと言えなくなっちゃって、
そしたら不満に変わって衝突しちゃったから。


そして自分があの時あーしなかったから、こうしてれば…のループに1年以上もハマってしまったからね😅


言いたいことは言える距離感でいよう、
と思ったよ。


距離感って
むずかしいね。


おわりニコニコ