不幸だと思っていた人が実は「幸せでしかなかった」としたら。 | 不登校・登園拒否の対応への奮闘を経て学んだ、私自身のしあわせな在り方日記。

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父親を亡くす前に、自分が父親を苦しめるようなことをしてしまったんじゃないかと悩んでいた女性。




でもね、
お父さんと何度かお会いして話をしていく中で「大変ではあったけど、幸せでしかなかった」と言ったんですよね、そのお父さん。




「二人の宝物にも恵まれて、愛する人とも巡りあえて、幸せでしかなかった」
「最後の方はみんなに大変な思いをさせてしまったけど、誰も悪くない。だから誰も責めないでほしい」って。




ずっと自分が苦しめてしまったんじゃないかという想いを手放せなくて自分を責めている娘さんに対して一生懸命「ごめんなぁ、ごめんなぁ」と側で謝っていたお父さん。




「私、亡くなった方と話せますよ」とは伝えたけど、どうするのかは娘さん自身が決めること。




どんなカタチでも、いつかお父さんの想いが伝わる日がくるといいなぁ。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜


正直なところ。




メッセージを伝えることにずっと疑問を感じてた。




だって、その人が思い描いていたような言葉ばかりじゃないし。




だったら自分の都合のいいように解釈していた方が幸せなんじゃない?って。




でも、
今回このお父さんとお話してみて少しだけ、
伝えることで前にすすめることもあるのかもなぁと思った、かな。



おしまい。