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皆さま、こんにちは!

 

まずは毎度のご報告から。

先日UPしたブログ2編が昨日のアメトピに掲載されました。

運営さん、今回もありがとうございます!

アメトピ掲載:笑顔と注文したおでん

 

こちらの記事でした。

一度と言わず二度三度とチェックくださいね。

 

 

平成筑豊鉄道・崎山(さきやま)駅の訪問記、

今回は続きの後編です。

崎山駅のレトロな駅舎と階段

 

(前回のブログもチェックくださいませ)

 

前回のブログでも書きましたが

テレビ番組の「ナニコレ珍百景」で先月、

「豪華列車も走っているのにボロボロの駅舎」として

崎山駅が紹介されたそうです。

そのことを、地元のご夫婦と思われるお二方から

教えてもらいました。

それでは地元の駅がこんな紹介のされ方をして

ガッカリされてたかというと、意外にそうではなく

むしろ喜んでるように感じました。

自分と一緒になってやっぱりボロいですよね~って

言ってましたからね。

 

国鉄末期は田川線内で唯一の無人駅だった崎山駅。

当時の田川線には豊津駅、崎山駅、犀川駅、油須原駅、勾金駅しかありませんでした。

 

そんな崎山駅でしたが

田川線の歴史を語る上では外せない駅なのです。

はたしてどのような駅だったのか?

後編では駅舎以外の施設を眺めましょう。

 

まずは改札を抜けてホームに入ります。

崎山駅の階段と線路

 

崎山駅は列車の行き違いが可能な相対式ホーム2面2線構造でした。

崎山駅の相対式ホームと複線区間

行橋駅と田川伊田駅を結ぶ田川線が開通したのは明治28年のこと。

崎山駅が開業したのはそれよりもずっと後のことで

昭和29年に列車を行き違いさせるための信号場として開設。

昭和31年に駅に昇格して旅客営業を開始ました。

 

駅舎の屋根が二段になっているのは

竣工時期が違っているためです。

平成筑豊鉄道崎山駅の昔の信号場跡地

ここに信号場が設けられた理由ですが、

当時は石炭産業が全盛期で

筑豊炭田がある北九州地区では

数多くの石炭列車が運行されてました。

三井田川炭鉱がそばにある田川伊田駅が終点の田川線も例に及ばず

輸送力を増強するために設けられたのが崎山駅なのです。

 

崎山駅の構内を眺めると、ホームの長さに対し

線路の複線区間がやたらと長くなっているのがわかりますよね。

崎山駅の相対式ホームと線路

崎山駅が開設された当時に運行されていた石炭列車は

石炭車で最大26両、全長が200メートル近くもありました。

それらの列車同士を行き違いさせるためには

その倍地近くの複線区間が必要です。

崎山駅の複線区間が長いのもこれが理由でしたよ。

 

以上は田川伊田駅方面行き1番線ホームの様子、

下は行橋駅方面行き2番線ホームでした。

崎山駅の駅舎と線路風景

 

2番線ホームの1番線ホームこちらも同様に

複線区間が長いですね。

崎山駅の相対式ホームと複線区間

 

2本のホームは構内踏切で結ばれてましたよ。

崎山駅の相対式ホームと線路

 

ここで駅舎に注目していただきたい箇所がありまして…

信号場が開設された際に設けられたこの部分です。

建物が2階建てであること、

それと2階の線路側がガラス張りになっているのがわかりますよね。

崎山駅の植物に覆われた駅舎と線路

 

この建物ですが、駅舎から遠くある分岐器を監視しやすいよう

線路面をガラス張りにしたもので、

戦時中に輸送力増強のために設けられた信号場で

多く見かけた造りなのです。

平成筑豊鉄道 崎山駅のホームと線路

全国各地にあったこの監視小屋付きの建物ですが

その後はというと…

線路が複線化されて信号場そのものが消滅したり、

CTC化により信号場が無人化されたりと

様々な理由で姿を消してしまいました。

 

崎山駅は戦時中に設けられた駅ではありませんが

昔の信号場の姿を留める貴重な駅舎の持ち主なのです。

そんな点から見ても崎山駅は

マジでマジで貴重ですから。

 

そして信号場時代に造られたこのスペースには

もうひとつ重要な任がありまして…

崎山駅の廃墟のような駅舎と線路

崎山駅では国鉄時代から列車が夜間滞泊する運用が組まれ、

夜に回送列車が崎山駅に送り込まれてから

翌朝に始発列車として発車するまでの間、

乗務員さんがここで一晩過ごしていたようです。

 

そのために崎山駅には風呂もあったそうで。

駅舎の西側に小さな小屋がありますけど

昭和39年の竣工年と用途が「浴場」であることが記された

建物財産標が付いていたんですって。

平成筑豊鉄道 崎山駅の自転車置き場

崎山駅の古い監視小屋と庭園

今はボロボロな崎山駅の駅舎ですが

国鉄時代から乗務員さんがカラダを休める

癒しの場所だったワケですね。

 

この階段が気になりましたが

信号場時代はタブレットを受け渡すための通路として。

その後は列車が夜間滞泊をする際、

乗務員さんが駅舎を通らずに

宿泊施設に向かうための通路だったのではないでしょうか?

崎山駅の構内踏切とプラットフォーム

ちなみに崎山駅で行われていた夜間滞泊の運用ですが

第三セクター化後はお隣の犀川駅に変更されました。

その代わりと言っちゃなんですけど

第三セクター化後からしばらくの間、

行橋駅‐崎山駅間の区間列車が運行されてたようですね。

 

駅舎側のホームには有人駅時代(昭和46年以前)に造られた

池付き庭園が今も残されてました。

庭園の小石と草花

 

崎山駅にはレトロな駅便(駅の便所)もありましたよ。

平成筑豊鉄道 崎山駅の浴場跡

 

ここには小便器と大便器がそれぞれ1基ずつ置かれてました。

崎山駅の浴場跡、レトロな水回り

 

その手前側に用具置き場がありましたけど…

ほうき、ちりとり、バケツ、タオル

ここは昔、男子がお小水をする場所だったのではないかと。

昔の便所事情を知ってる方ならきっと理解してくれるはずです。

 

屋根に張られている電線とレトロな碍子を見てワクワクするの、

自分だけじゃありませんよね?

レトロな駅舎の配線と照明

 

電灯のスイッチは

ボヤッキーがポチっとな~するこのタイプでしたよ。

電灯スイッチの古い碍子と配線

 

あれこれ見てて楽しい崎山駅でしたが

駅舎のこの状態は長く続かないような気がします。

平成筑豊鉄道崎山駅の駐輪場と bicycles

もし可能でしたらですが…

有償で構いません。

安全な範囲で駅舎内の見学会とかしませんかね?

1万円ぐらいの参加費でしたら20人以上は集まる気がしますが?

 

今回の旅では3日間を要して

平成筑豊鉄道にあるすべての駅を周りましたが、

自分の中では魅力ナンバーワンだった崎山駅でした。

評価にだいぶ偏見がありますけど…

 

 

 

 

 

訪問駅リスト(第三セクター 私鉄 ほか)

平成筑豊鉄道田川線

 

行橋駅

令和コスタ行橋駅(令和7年11月7日)

美夜古泉駅(令和7年11月6日)

今川河童駅(令和7年11月6日)

豊津駅

新豊津駅

東犀川三四郎駅(令和7年11月6日)

犀川駅

崎山駅(令和7年11月6日) 前編 ・後編

源じいの森駅(令和7年11月7日)

油須原駅

赤駅

内田駅

柿下温泉口駅

勾金駅

上伊田駅(令和7年11月8日)

田川伊田駅(令和7年11月7日)

↓(平成筑豊鉄道伊田線)

 

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