皆さま、こんにちは!

 

前回のブログで高徳線・板野駅の訪問記をUPしました。

高徳線・板野駅

(前回のブログもぜひチェックくださいね)

【まったり駅探訪】高徳線・板野駅に行ってきました(令和元年8月6日)

 

まずは前回の復習からです。

板野駅は高徳線の前身である阿波鉄道の手によって

大正12年に開設された駅でした。

が…阿波鉄道の終点は元々はここではなく、

板野駅から西方6.9キロに位置する鍛冶屋原駅にあったのです。

高徳線が全通したのちに枝線となった板野駅-鍛冶屋原駅間は

国鉄路線の鍛冶屋原線に変わって営業が続けられましたが、

超赤字路線だったことから昭和47年に廃止されたことは

前回も書いた通りでした。

高徳線・板野駅

鉄道ファン昭和47年5月号(通巻133号)より転載

 

廃止された鍛冶屋原線には

板野駅を除くと4つの駅が存在していたらしい。

廃線跡の大部分は県道12号線(鳴門池田線)に転用されたために、

ここを通れば簡単に廃駅跡に辿り着くことが出来るそうですよ。

高徳線・板野駅

駅ファンの自分は廃駅跡の現在の様子がめっちゃ気になってまして…

そんなことで、板野駅を見終えた後は

鍛冶屋原線の廃駅跡を巡ってみました。

 

まずは板野駅の裏手(南側)からスタートです。

鍛冶屋原線は廃止後、国鉄バス時代を経て、

現在は徳島バスさんにより代替バスが運行中とのこと。

駅裏には「板野駅南」バス停がありましたよ。

 

鍛冶屋原線の線路ですが

おそらくはこんな方向に伸びてたのではないかと。

 

確認のために、前回のブログでもUPしました

昭和22年撮影の板野駅周辺の航空写真を再掲しておきます。

 

奥に板野駅の跨線橋が見えますが、

その辺りから鍛冶屋原線の線路がまっすぐ手前側に伸びてたはず。

この景色だけで興奮出来ちゃうんですから、

駅趣味は得な趣味ですよね。

 

続いて訪れたのは、鍛冶屋原線の最初に現れる駅である

犬伏(いぬぶし)駅跡です。

鍛冶屋原線の他の駅と同様、

阿波鉄道の手により大正12年に開業した駅で昭和47年に廃止。

国道を西方に真っすぐ進むとファミマの看板が見えてきますが、

そのちょっと手前側が犬伏駅の跡地でした。

 

他にも徳島バスさんの「犬伏」停留所があったりして…

場所の特定は難しくないはずです。

ここの廃線跡巡りはバスを利用すれば簡単に周れそうですね。

午前中であればバスの本数もそこそこありそうですし。

 

ここで鍛冶屋原線が現役だった昭和22年の撮影の航空写真と

グーグルマップを比較してみます。

駅があった場所の特定にこの作業は絶対に欠かせませんぜ☆

写真を見るとわかりますが、線路が国道に転用された以外は

60年前と様子がほぼ変わっていないのです。

となると、赤い矢印の先に見える

青い屋根の倉庫付近に犬伏駅はあったはずなのですが…

 

実は自分、ここで大チョンボをやらかしてしまいまして、

ファミマの駐車場前に見える道路が広くなった辺りが

犬伏駅跡だとばかり思ってたのです。

結論から言うと、道路を1本間違えてもうた。

 

ファミマのサインの奥に水色のクボタの看板が見えますけど、

更にその奥が犬伏駅跡だったみたいです。

こんなチョンボやらかして、あ~情けない。

 

悔やんでいても仕方が無いので

グーグルのストリートビューで見た犬伏駅跡をUPしときます。

倉庫の真ん前が広く空いてますが、駅舎はこの辺りにあったのでしょう。

 

なお、倉庫の隣りの建物(公民館?)の敷地内には

この場所が犬伏駅跡であることを記した石碑も立ってるようで。

ストリートビューにもそれが写り込んでましたよ。

事前に下調べをしておけば

駅跡を見過ごすことはなかったのでしょうけど、

これだと遺構を自分で探す楽しみが薄れてしまうのよね…

と言い訳してみる。

 

続いては更に県道を西方に進んで、

犬伏駅と同じく大正12年開業、昭和47年に廃止された

羅漢(らかん)駅の跡地です。

ここも犬伏駅と同様に駅跡にバス停が設置されてました。

停留場名は廃駅と同じ「羅漢」なり~

 

羅漢駅跡はローソンを目印に向かうとわかりやすいかもしれません。

バス停はローソンの真向かいにあります。

 

今度は昭和36年に撮影された航空写真と

グーグルマップを比較してみました。

先ほど見てきた犬伏駅とは違い、

羅漢駅跡周辺は整地され道路の配置も大きく変わったようです。

比較しやすいよう、同じ場所と思われる2地点にを打ってみましたよ。

グーグルマップ上に赤く染めた〇印辺りに羅漢駅があった模様。

 

実はここにはこんなモノが立ってまして…

フェンス越しに注目くださいね。

 

国鉄羅漢駅跡の碑!!!

今度は無事、場所を間違えずに訪れることが出来ました。

かつてここが、駅前だったとわかる風景が残っていれば

面白かったのでしょうけど…

駅前通りも拡幅されてて当時の面影はまったく残っておらず。

鍛冶屋原線が廃止されて47年が経過してしているので仕方あるまい。

 

鍛冶屋原線の廃駅跡巡りは残り2つ、

神宅(かんやけ)駅と終点の鍛冶屋原(かじやばら)駅です。

この県道を更に進めばそれら廃駅跡に辿り着きますが、

長くなりましたので次回に続きま~す。

(続きもぜひチェックくださいね)

昭和47年に廃止された国鉄鍛冶屋原線の神宅駅&鍛冶屋原駅跡を眺めてきた。

 

高徳線

起点の板野駅の訪問記(令和元年8月6日)

 

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