現在、東京国立近代美術館では、
日本を代表する現代美術作家・杉本博司さんの大規模個展、
“杉本博司 絶滅写真”が開催されています。
杉本さんの展覧会は、国内外の美術館で、
毎年のように開催されている印象があるので、
正直なところ、“あっ、また杉本さんの個展があるのね”くらいに思っていましたが。
意外にも、杉本さんの原点ともいうべき、
写真作品のみで構成される美術館での個展は、
森美術館での“杉本博司:時間の終わり”以来、実に21年ぶりとのことです。
そんな本展は全3章で構成されています。
まず第1章は、「時間・光・記憶」。
その冒頭では、杉本さんの初期の代表作にして出世作、
「ジオラマ」シリーズの作品の数々が紹介されています。
一見すると、リアルな自然界が映し出されているようですが、
実はどれも、アメリカ自然史博物館内にあるジオラマを撮影したもの。
一般的に、「写真=現実世界を映し出すもの」と思われています。
しかし、杉本さんは、精巧なジオラマを撮影することで、
あたかも現実世界のように感じられる作品を作ってみせたのでした。
いうなれば、元祖フェイク画像でしょうか。
ちなみに。
このシリーズは、1975年より始められましたが、
昨年ようやく博物館から撮影許可が下りたジオラマがあったとのことで、
本展では、それらの「ジオラマ」シリーズの最新作も初公開されています。
杉本博司《ポコット族》 2025年 ゼラチン・シルバー・プリント 119.4×185.4cm
© Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
続いて紹介されていたのは、「劇場」シリーズ。
世界各地の古い映画館や劇場を映したシリーズです。
その最大の特徴は、作品中央の白い画面にあります。
これらは、実際の画面に白い映像が映っていたわけではなく、
映画1本をまるまる上映し、その間、長時間露光で撮影したもの。
つまり、結果的に白い画面になったものなのです。
そもそも映画というのは、大量の写真を連続的に投影するもの。
それをあえて長時間露光で撮影し、
1枚の写真作品として仕上げているわけです。
考えれば考えるほど、興味深く感じられてきました。
なお、第1章のハイライトといえるのが、「海景」シリーズ。
古代人が見た風景を、現代の人間が同じように見ることは可能か?
その問いから生まれた杉本さんのライフワークともいえるシリーズです。
撮影のルールは、シンプルかつ厳格。
画面の中央に水平線を配置すること。
船などの人工物が一切写り込まないこと。
色彩を排除し、モノクロで表現すること。
杉本さんは自ら定めたそのルールに則って、
今もなお、国内外の海景を撮影し続けています。
杉本博司《相模湾、江之浦》 2025年 ゼラチン・シルバー・プリント 119.4×149.2cm
© Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
さてさて、続く第2章は「観念の形」。
こちらの章では、人間の知性や想像力が生み出したさまざまな“かたち”、
具体的にはファッションや数理模型を撮影したシリーズが紹介されています。
それらの中には、1997年より始まった「建築」シリーズも。
“杉本博司 絶滅写真”会場風景 © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
「建築」シリーズの被写体となっているのは、
クライスラー・ビルやバラガン邸といった世界的な名建築の数々です。
それらを、あえて焦点を無限遠の2倍先に合わせて撮影しています。
フィルム写真を撮影したことが無いので、
無限遠の2倍先というのが、いまいちピンと来ないのですが。
ようは、ピントが合わないため、出来上がった写真はすべてボケています。
杉本博司《サヴォア邸》 1998年 ゼラチン・シルバー・プリント 119.4×149.2cm
© Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
ただ、杉本さん曰く、優れた建築はボケても成立する、とのこと。
確かに、ボケていても、建築の存在感はクッキリと伝わってきました。
第3章は本展のタイトルにもなっている「絶滅写真」。
これまでに紹介した作品を含め、杉本さんの写真作品のほとんどが、銀塩写真です。
しかし、現代において、写真はデジタル化が進み、
銀塩写真は今やオワコンの道を辿り始めています。
果たして、このまま銀塩写真は絶滅してしまうのか?
銀塩写真というメディアの原点に回帰する作品シリーズを通じて、
杉本さんが予見する“絶滅”をめぐるヴィジョンの行方を探る内容となっています。
本章で紹介されているのは、全部で6シリーズです。
例えば、マダム・タッソー蝋人形館で撮影した「肖像」シリーズ。
“杉本博司 絶滅写真”会場風景 © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
蠟人形というのは、生身の人間からその容貌を型として写し取ったもの。
人の姿をそっくりそのまま残したい、というのは、写真の原点と通ずるものがあります。
また例えば、「放電場」シリーズ。
“杉本博司 絶滅写真”会場風景 © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
銀塩写真を暗室で現像する際に、
静電気の放電によってフィルムが傷ついてしまうことがあるそうです。
杉本さんはこの“魔物”のような現象を克服すべく、
あの手この手を尽くしたそうですが、解決には至りませんでした。
そこで、いっそのこと“魔物”を味方にしてしまおうと、
暗室の中で、あえて人工的に放電を起こしてみることに。
カメラやレンズを使わずに、直接フィルムに閃光を感光させたのでした。
さて、本展のラストを飾るのは、「Opticks」シリーズ。
シリーズタイトルの由来となっているのは、
アイザック・ニュートンの主著『光学(Opticks)』。
かつてニュートンが行ったプリズムによる分光実験を再現し、
ポラロイドフィルムで記録した光の階調をフィルムに定着させたシリーズです。
“杉本博司 絶滅写真”会場風景 © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
このシリーズを制作するのは、毎年冬の時期、
日の出の位置がプリズムの正面に近づくタイミングだけとのこと。
冬の冷気を含んだ澄んだ光だからこそ、これほど鮮やかな色彩になっているようです。
なお、本シリーズは、デジタル技術で大判プリント作品に仕上げられています。
もしかしたら、そう遠くない未来に、
銀塩写真は絶滅するかもしれませんが、
杉本さんは先を見据えて、新たな制作方法に挑んでいるのですね。


ちなみに。
本展のキャプションの作品解説は、すべて杉本さん自身が担当しているそうです。
それにくわえて、すべての作品に狂歌が添えられています。
もちろん、それらも杉本さんが創作したもの。
狂歌を詠む際の狂名は、「素遁卿(すっとんきょう)」とのことです(笑)。
© Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
┃会期:2026年6月16日(火)~9月13日(日)
┃会場:東京国立近代美術館
┃https://art.nikkei.com/sugimoto/
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