東京都現代美術館での久保田成子展しかり、
アーティゾン美術館のゾフィー・トイバー=アルプとジャン・アルプ展しかり。
ここ近年、芸術家の妻を再評価する展覧会が、美術界でトレンドとなっています。
Gallery A4(エークワッド)で開催中の展覧会、
“ノエミ・レーモンドの建築と意匠”もまさに、そのような展覧会といえましょう。
本展の主役は、日本近代建築の父とも称される、
チェコ出身の建築家アントニン・レーモンド・・・ではなく、
その妻であるノエミ・レーモンド(1889~1980)です。
そんなノエミは、もともと自身でグラフィックスタジオを営み、
ビアズリーを彷彿とさせるような挿絵や広告を制作していました。
25歳でアントニンと結婚すると、翌年には夫婦で、
フランク・ロイド・ライトの事務所で働くようになります。
1919年に、帝国ホテル建築のために、
ライトの助手を務めていたアントニンとともに来日。
その後、2人はライトのもとを離れ、日本で建築事務所を開きました。
建物を設計するのは、アントニン。
インテリアや内装を担当するのは、ノエミ。
夫婦二人三脚で数多くの建築を手がけました。
会場に展示されている家具や照明は、すべてノエミによるものです。
なお、ノエミは慈愛の精神だけでなく、遊び心も持ち合わせていたようで。
東西南北がデザインされた丸テーブルや、
本当に犬の形をしたファイヤードッグ(=暖炉で薪を乗せる台)など、
思わずニンマリとしてしまうデザインのアイテムがいくつもありました。
ちなみに。
こちらのファイヤードッグは、当時宝塚に住んでいた、
ハーバート・クリフォード・ウィルキンソン・プライスの邸宅のためにデザインされたもの。
そう、あの炭酸水“ウィルキンソン”の3代目社長の家にあったものです。
そのことも、地味にサプライズでしたが、
本展における最大のサプライズだったのは、
実は、ノエミが手掛けた住宅建築があったという事実。
しかも、1軒や2軒でなく、数軒もあったようです。
本展ではその中から、港区にある旧カニングハム邸と、
大田区にある旧伊藤邸の2軒が中心に紹介されていました。
ノエミは控えめな性格だったようで、
表立って自分の作品だとは発表していなかったそう。
その結果、これらの建築はアントニンの設計とされてきました。
今回を機にノエミの設計と見直されたのは、本展の一番の功績といえましょう。
なお、アントニンが自身の名で、
ノエミの作品を発表する例は、他にもあったよう。
その証拠と言えるのが、こちらの展覧会カタログです。
1941年のMoMAのコンペのプリント・ファブリック部門で、
最優秀賞に輝いたのが、アントニンのテキスタイルでした。
確かに、カタログには「ANTONIN RAYMOND」の名が記載されています。
しかし、実際はノエミがデザインしたものだったそう。
・・・・・・・・・・・・・・・。
ノエミの株が上がる分、アントニンの株が下がる。
そんな展覧会でした(笑)。

ちなみに。
本展では、MoMAのコンペで最優秀賞に輝いた、
ノエミのテキスタイルも数多く紹介されていました。
何よりも印象的だったのは、「和」の要素が強めだったこと。
芹沢銈介や柚木沙弥郎といった民藝の染織作家の作品かと思いました。
なお、実際にノエミは、柳宗悦や河井寛次郎ら、
民藝運動のメンバーたちとも交流があったようで。
会場の一角には、そんなノエミの陶芸作品も展示されていました。
イラストも建築もテキスタイルも、
さらには、陶芸もこなしてしまうノエミ。
とんでもないマルチな才能の持ち主です。















