小出楢重 新しき油絵 | アートテラー・とに~の【ここにしかない美術室】

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「東の岸田劉生、西の小出楢重」と称された、

大阪生まれの近代日本を代表する洋画家の一人、小出楢󠄀重。

その実に25年ぶりとなる大規模回顧展、

“小出楢重 新しき油絵”が府中市美術館で現在開催中です。

 

小出楢重作「こども」展覧会ポスター
(注:展示室内の写真撮影は、特別に許可を得ております。)
 
 
小出楢重は、大阪中心部の裕福な家庭に生まれました。
家業は、軟膏「天水香」を看板商品とする薬屋。
そんなバックボーンも、日本初の洋式目薬「精錡水」で、
財を成した岸田吟香を父に持つ岸田劉生と近しいものがありますね。
 
幼いころより絵が好きで、画家を目指して上京し、
東京美術学校の西洋画科を受験するも、あえなく不合格。
しかし、及第点を得ていたため、日本画科への入学は認められました。
本展の冒頭では、その頃の貴重な日本画が紹介されています。

 

小出楢重の日本画と掛軸

 

 

日本画科で学び始めた楢重でしたが、

どうしても西洋画科の夢が諦めきれず、のちに西洋画科に転科。

最終的には、50人中5番目という好成績で卒業を迎えたそうです。

 

小出楢重の自画像、パイプをくわえ俯く男性
《自画像》 1913(大正2)年 東京藝術大学
 
 
そこから、順調にステップアップしていったのかと言えば、さにあらず。
卒業後は大阪に戻り、制作を始めるも、文展に連続で落選し、
一時は教員になることを考えるほど、深刻なスランプに陥ってしまいます。

 

そんな長い暗黒期(?)を抜け出すきっかけとなったのが、

楢重の代表作の一つで、重要文化財にも指定されている《Nの家族》

自らの家族をモチーフとした1枚です。

 

小出楢重作「Nの家族」油絵
重要文化財Nの家族》 1919年 公益財団法人大原芸術財団 大原美術館
 
 
この絵が、二科展で新人賞にあたる樗牛賞を受賞。
これを機に、画壇での本格的な活動が始まりました。

 

ちなみに。

その隣には、ほぼ同じ構図の《芸術家の家族》が展示されています。

 

小出楢重の絵画「二人の夫人と子供」
 
 

おそらく《Nの家族》よりも前に描かれたものとのこと。

見比べてみると、台の上に置かれた果物が違ったり、

ホルバインの画集がなかったり、と異なる箇所がいくつもありました。

2点を見比べて楽しめる貴重な機会となっています。

 

さて、洋画家として遅咲きのデビューを果たした楢重は、

34歳の頃に、念願のヨーロッパ行きの機会に恵まれました。

 

小出楢重の街並み油絵
《カーニュ風景》 1922(大正11)年 芦屋市立美術博物館
 
 
ところが、美術館や画廊をいくつか巡ったものの、
「フランスには油絵はどっさりあるが芸術は無い」と、嫌気が差してしまったそうで。
フランス到着の8日後には早くも、帰りの船を検討していたそうです。
中国に渡るも、「明の画壇に見るべきものはない」と、
言い放ったという雪舟のエピソードを彷彿とさせるものがあります。

 

しかし、口ではそのように言っていたものの、
短い滞欧生活は彼の生活を大きく一変させました。
そのことがよくわかるのが、帰国後に描かれた、
楢重のもう一つの代表作 《帽子をかぶった自画像》です。

 

小出楢重《帽子をかぶった自画像》
《帽子をかぶった自画像》 1924(大正13)年 石橋財団アーティゾン美術館

 

 
西洋の絵画を日本で描くためには、
生活様式を西洋式に改める必要があると考えた楢重は、

畳の部屋に、ソファや椅子を運び込みました。

また、和服を捨て、洋服を着るようになったそうです。

さらに、食生活も西洋式に一新!

生涯にわたって、意地でもパンとバターを食べ続けたそうです(笑)。

 

 

さてさて、展覧会では、西洋式に生活を改めた、

シン・小出楢重時代の作品も多数紹介されています。

 

小出楢重作「港の春」
《街景》 1925年 大阪中之島美術館
 
小出楢重作、静物画:魚と野菜
 《卓上静物》 1928年 京都国立近代美術館
 
その中でもハイライトと言えるのが、
「楢重の裸婦」「裸婦の楢重」とも称された、
楢重の晩年の裸婦画7点を紹介するコーナーです。
 
小出楢重の裸婦画4点展示
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楢重は、こんな言葉を残しています。

 

「日本人の黄色に淡い紅色や淡い緑が交つてゐるのも

 私は白色人のもつ単調な蛾の様な不気味さよりも、

 もつと異常のあたたか味と肉臭をさへ、私は感じる事が出来ると思ふ」

 

 

・・・今の時代なら、いろんな理由で、

アウトな発言であるような気もしますが(笑)。

時代背景を配慮して、そこはツッコまないことにしまして。

 

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《横たわる裸身》 1930年 石橋財団アーティゾン美術館

 

裸婦画にかけた楢重の情熱を知った上で改めて観ると、

どれも西洋のヌード画にはない独特の魅力が感じられました。

裸婦画なのにいやらしさは一切なく、

不思議とずっと観ていられるものがあります。

さすがは「楢重の裸婦」「裸婦の楢重」です。

 

 

ちなみに。

本展では、楢重の油彩画だけでなく、

楢重が得意としたガラス絵や日本画、

 

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《めでたき風景》 1926(大正15)年 大阪中之島美術館

 

谷崎潤一郎の小説『蓼喰ふ蟲』をはじめ、

楢重が手掛けた装幀なども紹介されています。

 

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実は多彩な人物だったのですね。

名前は知っていても、どんな人物なのか、

イマイチ掴みどころのなかった小出楢重ですが、

本展を通じて、彼の人となりや作品の面白さに気づかされました。

おそらく、この展覧会を機に楢重ファンが増えるはずです。

星星

 

 

最後に、今回の出展作の中で最も印象に残ったものをご紹介。

《枯木のある風景》です。

 

小出楢重の油絵:電線と丸太のある風景
《枯木のある風景》 1930年 公益財団法人ウッドワン美術館
 
 
一見すると、何の変哲もない風景画に思えます。
しかし、画面中央の上部を思わず二度見してしまいました。
 
小出楢重の油絵、鉄塔に座る人物
 
 
あれは何だ!鳥だ!飛行機だ!いや、人だ!

実はこの作品は、楢重にとって未完の絶筆。

人ならざるものが見えてしまっていたのかも。

信じるか信じないかはあなた次第です。

 

 

 ┃会期:2025年12月20日(土)~2026年3月1日(日)

 ┃会場:府中市美術館

 ┃https://www.city.fuchu.tokyo.jp/art/tenrankai/kikakuten/koide_narashige.html

 

 

 

 

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