2024年に惜しまれつつ、101歳の生涯を閉じた柚木沙弥郎さん。
亡くなる直前まで現役を貫き続けたレジェンド染色家です。
その大規模回顧展“柚木沙弥郎 永遠のいま”が、
岩手を皮切りに、岡山、島根、静岡と巡回してきましたが、
最終会場である東京オペラシティアートギャラリーでいま、開催されています。
(注:展示室内の写真撮影は、特別に許可を得ております。)
展覧会は全4章仕立て。
まず1章の「民藝はずっと僕の根っこにある」では、柚木さんの初期作や、
彼に大きな影響を与えた民藝運動の父・柳宗悦の作品などが紹介されています。
こちらの展示室で何よりも目を惹くのは、
天井いっぱいに展示された巨大な作品の数々です。
過去の柚木展ですっかり見慣れていたので、
これまで特にサイズを気にしたことはなかったのですが。
何を隠そう、幅の広い布に注染で模様を染める技術は、
40代の柚木さんが試行錯誤の末に初成功させたものなのだそう!
実は、染色界において革命的な作品だったのです。
注染はもともと、浴衣や手拭いなど幅の狭い布に使われていた技法。
柚木さんが「広幅注染」を編み出したことで、注染の歴史は大きく動いたのでした。
続く2章は、「ワクワクしなくちゃ、つまらない」。
1980年代に入ると、柚木さんは自らの仕事に自己模倣の恐れを感じるように。
マンネリを避けるべく、彼は版画やガラス絵、立体、
さらには絵本作りといった新たなジャンルに果敢に取り組みました。
その結果、柚木さんの創作世界はますます豊かに、広幅になったそう。
この時、彼は60歳を超えていました。
一般的に考えたら、定年を迎える年。
にもかかわらず、あえて新たなチャレンジに挑み、
一皮も二皮も剝けて、さらにパワーアップしたわけです。
その姿勢に大いに感銘を受けました。
間もなく11月1日より、新たなプラットフォームで、
新たなお笑いを模索する某芸人を彷彿とさせるものがあります(←?)。
・・・・・と、それはさておきまして。
1章、2章のタイトルは、柚木さん自身の言葉でしたが、
3章は打って変わって、「旅の歓び」というタイトルが付けられています。
この章では、柚木さんゆかりの地や旅に関する作品や資料の数々を紹介。
柚木さんの青春時代やアナザースカイを知ることができます。
ちなみに、個人的に興味深かったのは、島根県のコーナー。
柚木さんが初めて購入したという器、
舩木道忠の《黄釉角鉢》も展示されています。
なお、舩木道忠は、松江市の老舗である布志名焼・船木窯の4代目。
もしかしたら、そのうち『ばけばけ』に船木窯が登場するかもしれません。
4章のタイトルは、「今日も明日は昨日になる」。
こちらでは、主に2000年代以降の作品が紹介されています。
本展は時系列に沿って、柚木さんの作品が紹介されていましたが、
歳を重ねれば重ねるほどに、作品の印象はむしろ若返っていきました。
まるで、ベンジャミン・バトンのようです。
なお、4章の冒頭では柚木さんのこんな言葉が紹介されていました。
「物心がついたのは80歳になってから」
この発言はジョークのたぐいではなく、
本当に年を重ねるごとに若返っていたのかも(笑)。
さて、本展のラストでは、晩年の作品が紹介されています。
一見すると抽象的な作品のようですが、
これらは柚木さんの自宅近くの代々木公園にある、
一時は枯れかけていたものの復活したサイカチの木がモチーフなのだそう。
シンプルながらも、力強く若々しい生命力が感じられる作品でした。
さらに、本展では亡くなる2ヶ月ほど前に、
制作されたというコラージュ作品も展示されています。
複雑な組み合わせのものもありましたが、
中には、シンプルな形をしたコラージュ作品も。
左下の作品なんて、ただの1つの四角形です。
なのに、生き様や人柄といったものが、
そこからじわじわと滲み出しているようで、
観れば観るほど、心に染み入るものがありました。
もちろんどの染織作品も素晴らしかったですが、
一番グッと来たのは、この四角形のコラージュだったような。
長生きしたい願望はほとんどないのですが、
こういう境地に立ってみたいと、本展を通じて初めて思いました。
とりあえず物心がつく80歳までは頑張ってみます。
















